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「そう言えば、光弘叔父さんたちがあのマンションを引き払って荷物を取りに戻った日、留守番していたら、片野ユーマくんが電話をくれたんだ」
「片野が?何て?」
「たぶん、蒲田の一番の被害者はユーマくんだったんだと思う。何も言わなかったけど、ずっと泣きながらごめんって繰り返してた」
美しかったハーフの青年は僕を蒲田に紹介したことでどんな酷い目にあったのだろうか?
バイトを辞めてからはもう付き合いも無くなってしまったから、彼が抱えていた事は想像でしかない。でも蒲田はユーマくんみたいな美しい青年をほっとくはずがない。
「それにね、母さんからも電話があったと泰子叔母さんから聞いた」
「えっ!」
同時に驚く二人に笑う。
「仙台に行く日、泰子叔母さんが家に来てくれたんだ。週刊SKYの記事が出回った時に母さんが泰子叔母さんに電話をしてきたらしい」
あの頃の僕は失っていた感情を取り戻し、その感情におかしくなって強い安定剤を飲まなければ生きてこれなかった。
だから泰子叔母さんは帰ってくる意志があるのかを母さんに確認して、言葉を詰まらせながら今はまだ帰れないと返事がきた事で僕には黙っていた、と。
仙台へ行く前にもう有は大丈夫だろうからと教えてくれた。
泰子叔母さんの言う通りで、あぁ生きてたんだ、連絡してきたんだ、そう思う程度で、新しい土地でやっていく不安の方がずっと強かった。
仕事をして自分の暮らしを整えていく。
もう大人だ、あの頃とは違う。
新天地での飲食店の仕事はとてもきつかった。だからこそいい意味で前へ進み続けるだけ。
飲食業は思った以上に休む暇も無くて、朝から仕込みが始まり、昼休憩をとったらすぐに夜の部の為に仕込みが始まる。
忙しさの中で自分がどんな成長をしたのか分からない、でも今は、こうやって思い出す事も出来るようになった。そのくらいの年月が経ったんだ。
「美沙さんとは?」
「フラれちゃったよ」
美沙はこんな僕に出来た彼女だ。薬剤師で真面目で、仙台の友人が紹介してくれて付き合うことになった。
「穏やかな春の日差し……フッ、年寄り臭いけど、恋愛ってものはこういうものなのかなって教えてくれたのは美沙だった」
「有が初めて彼女が出来たって教えてくれた日、俺と慎吾は喜んでちょうどこの席で朝方まで飲んだんだよ」
「えー、主役の僕は何をしてたんだろ」
笑う二人に微笑んで、僕は三人分の飲み物を注文する。クリスマスイヴの夜に男三人が居酒屋なんてどれだけ寂しいんだと思ったが、店内は結構賑やかだった。
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