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すぐに運ばれてきたハイボールを飲み、久しぶりにどっぷり浸かった過去に酔いが回る。
「美沙さんは青柳先生の事を知っていたの?」
「……話してない。美沙は普通の子だったから」
「……そうか」
美沙はごく一般的な家庭で育った。
三人姉妹の長女として生まれ、妹たちの面倒をよく見て両親の愛情をたっぷり受けて。
何不自由なく暮らしてきたとまでは言わないけれど、美沙と僕では生きてきた過程が全く違う。
とても優しくて穏やかだったが、一緒にいると時おり出てくる育ちの違いに不満とまではいかない何かが残る。
家族での旅行や幼い頃のイベント、高校の時に経験した事など楽しそうに話す美沙に、僕はどのくらい本当の事を話せたのだろうか。
誤魔化すことなく真っ直ぐに、あの可愛らしい目を見ていただろうか。
美沙と一緒に居ても時おり思い出していた。
青柳先生に恋をしていた頃は、穏やかとは遠い、自分ではどうにも出来ない情熱の中にいた事を。
嫉妬、熱、欲情、美しさの欠片も無いどす黒い感情を心に抱え、本気で一人の人間を想い、慕い、狂った日々。
母さんの代わりを見つけようとしたから、そう思う事もあったがやっぱり違う。僕は完全に青柳哲也に狂い恋をした。
穏やかな日々は確かに心地よく感じても、ふと思い出す。美沙にもそれがちゃんと分かっていたんだと思う。
「私じゃダメだったね……」
窓の外にあるクリスマスツリーを眺めながら美沙の言葉を口にしてみる。
渉と慎吾の視線を感じ、そう美沙に言われて終わった事を話すと、僕の中のひとつの夜がまた終わった気がした。
もしこの記事が出たら、少しは青柳先生も救われる部分があるんだろうか?
あまりにも長い年月が経っていて、もうあの週刊誌の内容で騒いだ連中は忘れている。
でも、それでも、貴方の元へ届いたら。
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