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店を出る頃には既に10時を過ぎていた。
酔いと泣き過ぎて頭痛するのは二人も同じだったらしく、暫く店前で立ち話をして新年にまた会おうと約束する。
「有、じゃあ来年に」
「うん、来年に」
渉は僕よりも目の周りを赤くしている。
いつも優しい渉、仙台にある店にもわざわざ食事しに来てくれて頻繁に電話もくれる。
介護士として働き、施設のお婆ちゃんたちに人気らしくて他の施設からも誘いがある。
自慢の親友だ。
「じゃ、また連絡するよ」
「うん、僕も連絡する」
背の高い慎吾は昔と変わらない笑顔で両手で手を振る。27歳になっても大きく手を振るところが慎吾らしいと思わず笑ってしまった。
優しいのに強くて、曲がった事は大嫌いな慎吾と親友になれた事は紛れもなく人生の宝だ。
背を向けて空を見上げ、仙台よりは暖かいクリスマスイヴに白い息を吐いた。
「あー!有!ごめん、聞くの忘れた!」
「なにを?」
「もしも戻れるなら、青柳先生に何て言う?」
「もしも戻れるなら……そうだな……もしも……」
「うん、もしも今が、有のあの頃なら」
「もしも今なら……」
なかなか答えの出ない僕に渉は宿題だねと言って、出来たら今年中にと慎吾に念を押された。
また来年に、そう約束して再び二人と分かれると、出された宿題もあって酔いを覚ましに街を散歩した。
クリスマスイヴの夜はカップルが多く街も賑やかで、仙台の夜とはやっぱり一味違う。
サンタクロースの格好をしたキャバ嬢の誘いを断り、懐かしい道を歩けばまたそっと思い出が隣に寄り添う。
青柳先生に連絡したい、この10年の間に何度かそう思った。きっとそれは可能だしやろうと思えば出来た事だ。
青柳先生の親友、金田さんのお店だって松本さんのお店だって僕は知っているのだから。でもその一歩はあまりに大きくて踏み出すことは出来なかった。
それにどこかでもう二度と会ってはいけないとも分かっている。
青柳先生は僕とは違い、名前こそ出ていないものの世間からの攻撃を受けた。それは僕が想像を絶するもののはずで、それまで築き上げてきた全てを失ってしまっただろう。
それなのにまた会いたいなんて言うのは虫が良すぎる。
もしも戻れるなら……あの頃の分岐点に立ち想像してみる。
言葉通り身を焦がして先生を好きになり、戻って来ない母さんを想像してみる。
もしも戻れるなら……僕は青柳先生に何を言って、何をしてあげるだろうか。
「早く此処から出ておいで」
それが最後の言葉だった彼に、世間からは赦されない愛をくれた貴方に、僕は何をしてあげる事が正解だったのか。
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