残された夏 青柳 哲也

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   マスターの垂れた双眸は人に優しい印象を与え、少しばかり汚い心を見せても許してくれそうな雰囲気を持っている。  でも今の俺にはとても痛く、後ろめたさをじっと見られているような気分になっていた。 「突然切り捨てられたんだ。お前は死んでもいいと言われたみたいなもんだ」 「……マスター」 「男と子供の命を天秤にかけて、その母親は男の命を重いと判断した。そういう事だろ? その少年が悲しみに暮れようが自殺しようが野垂れ死のうが、その母親は決断したんだ。それでいいと」  言葉にされると真実はとても残酷だ。 「他人が決断したんじゃない。母親の決断だから恐ろしいことだ。……壊れるのは当然だよ、哲也。俺もお前もそんな恐ろしい経験したことないだろ。……せめて、その少年が現実と向き合い苦しんだ時、味方になってやれ。哲也にとってみりゃ、少年が大切な生徒だからそうやって手に余ってるんだろ」  サンタクロースのマグを手にしてコーヒーを飲み始めるマスターに無言のまま微笑んで、真似するように自分もカップを手にした。  ……何をするべきかは分からない。  ……今まで通りも通用しない。    でも、心は凪始めていた。  懐中時計が深夜の三時を回った頃に遅い帰宅をして熱めのシャワーを浴び、静香が眠るベッドに潜り込むと睡魔はすぐに襲ってきた。   偶然にマスターと会えたことで篠原とどう向き合い、どうやって彼を支えていけるかを真剣に考える自分がいる。  微睡みの中、篠原を煉瓦に連れて行きマスターに紹介しようと思いつき、なかなか名案だと目を閉じた。  俺は教師として、担任として、篠原を助けたいと心から思っていた。    
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