戸惑う秋 篠原 有

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戸惑う秋 篠原 有

      「大変だったね、篠原くん。ねぇ、……お金のことで悩んだりしたら力になれるかも」  暗闇の中、その言葉を何度も頭の中で繰り返してみる。  片野ユーマ、ハーフの美少年の言葉は今の僕にとってそれほど魅力的だった。  光弘叔父さんと泰子叔母さんから貰ったお金には既に手をつけ始め、支払いや食費などで日々出ていくお金に焦り、母さんが貯めてくれていた僕名義の貯金に手をつけることを決意したのは昨日のこと。  学校が終わってにすぐ確認に銀行へ行くと残高は201円になっていて愕然とした。  中学からは月のお小遣いも貯めていたはずの通帳だ。うちは低所得なんだから無駄使いはダメよと言っていた母さんは、僕名義のお金を男との生活の足しにしている。  僕が使うのは無駄だと、あの母が思ったというのか?  それは僕の知らない人のようで、記憶の中の母はそんな事をする人なんかじゃない。  だからお金の事で真剣に悩んでも母さんからされたこの出来事は自分のことじゃないみたいだった。  それよりも必要なのは今必要な光熱費のお金だ。  泰子叔母さんから光熱費の支払いはそろそろだから教えてくれと連絡はあったが、折り返しの電話をする気は無かった。  何とかしたい、それが本心だったから。  スマホの画面には片野ユーマのプロフィール。  今すぐに必要なお金でも対応できると言っていた。  日払いも可能、前借りも可能、面接も顔合わせくらいで僕なら大丈夫と。  それが普通の、僕が探していたような仕事じゃないことも分かってはいたけど、まともな仕事をしても給料は一ヶ月先だ。  今すぐ必要なお金を稼ぐなら、知らない所へ行くよりもそれこそ片野ユーマの紹介があった方がいい。  悩みに悩んで片野に電話をしたのはそれから一時間後のことだった。    緊張もあったが一度覚悟すれば何てことなくて、片野が電話に出ると僕からの連絡を待っていたような口ぶりで話しやすかった。 「いつ面接する?篠原くんに合わせるよ」 「すぐにでも働きたいんだけど」 「わかった。……じゃあ、今からとか?」  突然だったけどありがたくも感じた。  時間を置けば色々と考えてしまったり、泰子叔母さんからお金のことで電話がきただろうから。  片野に待ち合わせの場所を聞いて電話を切ると、急いで服を着替えて家を出る準備をした。  テーブルに置かれたままの通帳に目を落とし、胸の奥にチクンと刺さる棘が今からの面接を後押しする。  いったいなんのバイトなのかも分からずに面接するなんて有り得ないと思いながらも、他の17歳とは違う状況にいるのだからと諦めることができた。  なぜ、僕は、こんなに平気なんだろう?  ふと浮かぶ疑問に答えを出さず、待ち合わせの場所でもあるファミレスに向かった。
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