戸惑う秋 篠原 有

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   全国チェーンのファミレスは思っていたよりも空席が目立ち、店内に入れば明るい茶色の髪を弄りながらジュースを飲んでいる片野をすぐに見つけた。  店員に待ち合わせと告げて近付けば、片野は振り向き可愛らしい笑顔を向けてきて、僕は片野の席に近付き目を合わせずに会釈する。 「遅くなりました」 「うぅん。思っていたよりも早いからビックリしてるよ」  ドリンクバーを注文して紅茶を持って席に着くと、片野から向けられる視線に俯いたままでいた。  時刻は夜の8時、高校からもさほど遠くないこの場所で片野と二人でいるところを見られるのは何となく嫌だ。  ただでさえ目立つ片野は店員の視線がちらちら彼を見ていることにちゃんと気付いているらしく、たまにそちらに視線を送ってはにっこり微笑んだ。   「あー、こっちこっち!」  片野の大きな声の呼びかけに伏せていた顔を上げると、少しだけここにきた事を後悔した。  近づいてくる男は小柄だがあきらかに目付きが違う。  優しい人間を演じている……いくら世間知らずな僕でも分かった。 「おー、君が篠原有くんだね?」 「はい、篠原です。よろしくお願いします」 「礼儀正しいねー。ユーマとは違う」 「なんだよそれー」  男は片野の隣に座り、二人は昔からの知り合いのように仲良くじゃれあう。  それは男の僕が見ていてもドキドキするほどで、目の前で繰り広げられる光景を直視出来ないほどだ。  片野の細い指は常に男の肩や太ももに触れていて、面接とは名ばかりのこの光景と雰囲気に居たたまれなくなってくる。  暫くすると僕の事は何も聞かず、男は貧乏ゆすりをしながら仕事の話を始めた。 「呼ばれて行って酒を注いで話し相手をして終わり!」 「え……?」 「篠原くんがこれからする仕事だよ。酒なんか飲まなくてもいいし、変な事もしない。なーに、中坊でも出来るよーな簡単なお仕事でーす」  男はわざとらしく話すと片野はケラケラ笑い、本当に簡単だから大丈夫だと僕に言う。  男がお酌する、頭ではホストみたいなものかと思ったけど、この場を早く離れたくて質問も口から出てこない。  それに、目の前の片野と男のやり取りを見ていると関わっちゃいけないと思ってしまい、決心は揺らいでいった。 「あの、僕なんかに出来る気がしないなって」 「大丈夫だって。さっき言ったろ?中坊でも出来るんだって」 「一回入ってみようよ。だと少しは安心するでしょ?」 「ユーマ!ナイス!」  いつまでもふざける二人から視線を逸らし、支払いや泰子叔母さんの事を考える。だから、片野と二人なら一度だけやってみようか、そう思ったしそれがベストだとも思った。  
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