戸惑う秋 篠原 有

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 男は蒲田と名乗った。  本名かどうかも分からないし興味もなかったけれど、蒲田から仕事の連絡が入り、こちらが出られるなら自宅前まで車で迎えに来るという。  ただし、一度出られると言えば風邪をひいても出なければならないと強く言われ、もしどうしても無理なら代わりの人間を出す、又は罰金と言われた。  だからなのか時給はかなり良く、それに時間も二時間と決まっている。  二時間、たった二時間お酌をして話し相手になるだけ。ホストのようなものかと片野に聞くとかなり笑われて、似ているけれどまったく違う、ただそれだけの説明だった。  翌日、学校で片野と話すことはなく、また僕を見かけても小さく微笑むだけで話しかけてはこなかった。  今夜は二人でバイトに行くと決まっていた為、もしかしたら話しかけられてまた目立つかもと心配していたのだが、考え過ぎだったみたいだ。   「ヤッホー、有!昼飯持ってきたか?」 「おにぎり二つ作って持ってきた」  渉と慎吾が迎えに来て三人で教室を出るといつもの場所へと向かう。  いつもの場所とは化学準備室の隣にある視聴覚室で、滅多に人が来ない上に春になれば花見をしながら食事が出来た。今は桜なんて咲いてないけれど、少しずつだが桜の葉が色付き始めている。  渉はいつものようにパイプ椅子を三つ並べ、コンビニで買ってきたパンと牛乳、最近になってハマっているチキンサラダを食べ始める。 「おにぎりだけとは言わずにこれも食え」  渉は僕の前にチキンサラダを置く。 「お前っていっつもチキンサラダだな。芸がないねー!渉くん。ほれ、これを食べたまえ有くん」  慎吾は僕の前に弁当を置き、驚いて慎吾を見れば鼻の穴を広げて見せてくる。 「おばさんが作ってくれたの?」 「そうそう、いや、違うか。母ちゃんてよりも色々な会社が頭を悩ませて冷凍してみてチンしてみて食ってみてうめーってなったものを母ちゃんが買って詰めた感じだよ」 「慎吾ウゼー」 「渉に言われたくねー」  渉にも慎吾にもお礼を言ってありがたく食べると、二人よりも僕の食べる分が多いと気付いて苦笑いした。  僕とは違い社交的な二人は僕に合わせてくれている。  慎吾と渉二人だけの方が話も盛り上がるだろうと思うのだけど、必ず僕を待ち仲間に入れてくれるのはありがたいと思う。 「あ、なぁ有」 「ん?」 「今日ゲーセン行かね?」 「行こうよ、有。駅前のゲーセンがリニューアルだって」  でも最近になって距離を感じるようになった。  僕はごめんと言うだけ、すると二人はそうかと言う。  前とは違う、仲が良かったから分かる、そんな距離を感じるようになっていた。
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