残された夏 篠原 有

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     結局答えは出ないまま、泰子叔母さんが作ってくれたスープを飲んでからお風呂に入り、そのまま二人をリビングに残して自分の部屋に戻った。  スマホを見れば渉と慎吾からの連絡、そして同じクラスの友人たちが心配してメールをくれていた。  一人一人に返事をしてもどこまで話せばいいのかわからない。渉と慎吾はもちろん母さんの事を話してはいたけれど、こんな話をみんなに教えるほど強くはない。  ただ、青柳先生が体調が悪いと言ってくれていたらしく、みんな僕の体調を気遣ってくれている文面に返事はしやすかった。  時刻は夜の10時、夏の暑さを孕んだ夜は容赦なく体力を奪い、額に汗が浮かぶと喉の渇きに眉を寄せた。  リビングにはまだ光弘叔父さんと泰子叔母さんがいるだろう。  一瞬迷ったが喉を潤してさっさと寝てしまおうと思い、部屋を出るとまだ明るいリビングに近付いた。 「姉さんがこんな事するなんて考えもらしなかったわ。ねぇ、兄さん、覚えてる?敏道さんが死んだ時のこと」 「忘れるはずないよ、ちゃんと覚えてる」  敏道とは僕の父だ。  立ち聞きするなんて失礼だと思ったけれど、泰子叔母さんの話の内容に自然と息を潜めた。 「姉さん、あの時すっごく泣いて、心配になるくらい泣いて泣いて泣いて、でも有を守っていくって力強く言ったの覚えてる?」   「覚えてるよ。あの時さ、やっぱり姉貴はスゲーなーって思ったよ。やっぱり姉貴は強いんだなってさ」    父さんが亡くなった時、僕はまだ小学二年生だった。膵臓癌で気付いた頃にはもう手遅れだったと聞いたことがある。  それから父方の祖父母が後を追うように亡くなり、数年後には母方の祖母が亡くなった。爺ちゃんはまだ存命だが、かなり弱っていて入退院を繰り返していると光弘叔父さんから聞いた。    二人の話に耳を傾けていると父さんの事や祖父母の事を色々思い出してくる。  父さんは家事が苦手な母さんの為に仕事から帰ったらキッチンに立っていた。ハンバーグは形まで整えて後は焼くだけにしていて、母さんは翌日それを焼いて夕飯の準備をしたり。  母さんはそんな事は忘れてしまったのだろうか?  父さんよりもその店長を好きになって、僕なんかいらないほどその人にのめり込んで。   突然の虚しさに小さなため息を吐くと、気を取り直してリビングのドアを開け、すぐに目が合う二人に微笑みキッチンに向かう。 「有、少し話があるの。今いいかしら?」 「うんいいよ。ちょっと待って、麦茶飲みたくて」  麦茶を注いだグラスを片手にリビングのソファーに座る。  光弘叔父さんは缶ビールを飲み干してテーブルに置くと、僕と視線を合わせて悲しい顔をした。  
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