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光弘叔父さんと目を合わせたまま麦茶を一口飲むと、何となくその先の言葉がわかったような気がした。
言いにくそうな表情を浮かべる光弘叔父さんと目を合わせない泰子叔母さんの優しさは昔と変わらないのをちゃんとわかっている。でもそれをどう伝えたらいいのか僕には分からず、やけに静かな部屋に響く時計の針の音に気ばかり焦ってくる。
「有……家族とも相談したんだけどな、うちは狭いから有を引き取るってのは今すぐは無理なんだ」
光弘叔父さんの苦しい声が漸く静かな部屋に響くと、その悲しい声と表情にこちらまで苦しくなった。
泰子叔母さんは目を閉じて俯き、まるで神様に懺悔でもしているようで。その横顔は母さんと似ていて僕は思わず目を逸らした。
「ただ、お金は俺も泰子も全面的に支援するつもりだ。有は高校も卒業してちゃんと大学にも行ってもらいたい。専門学校でもいいし」
「ごめんね、有。でも必ず私か兄さんの家に呼ぶから。ただ、あまりにも急だったから」
「いいんだ。光弘叔父さんも泰子叔母さんも悪くない。悪いのは……」
母さんが悪い、そう口に出すのは躊躇われ、その一瞬の躊躇いは二人に伝わり、また二人を悲しい顔にさせた。
母のように突然いなくなってしまうと、残された人はどこまでも続く迷路の中で不安で悲しくて納得出来ない。涙を落とす泰子叔母さんの背中を何度も撫でるけど、なぜ、僕は、こうも落ちついてるのか。
取り乱し、泣いて、叫んで、どこまでも母さんを探して、本当はそんな不安になるはずの今の状況に、なぜか心は深い海のように穏やかだ。
だから大丈夫だよ。
その言葉の代わりに二人に微笑んで見せると二人は今までにないくらい悲しい顔をした。
それから三日後に光弘叔父さんが大宮に帰り、その翌日に泰子叔母さんが帰った。
二人がくれた封筒に入ったお金はとても厚く、だけど使う気になれずコンビニでバイトの情報誌を買ってネットでも探してみる。
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そんな文字の羅列を見ながら合間に母さんにメールをしてみる。解約されたのか、それとも僕を拒否したのか。秋とは思えない暑い夜、まるで取り残された夏の中。
そして、明かりも点けていない真っ暗な部屋に自宅の電話が鳴り響いた。
頭で考えるよりも先に体が動いていて、受話器に何か言いながら出たけど覚えていない。やたらと体が震えてるのに気付いたのは声が聞こえた後だった。
「………篠原、悪いな。俺だ」
とても低くて、聞き覚えのある声。
「青、柳……先生?」
その声は、担任の青柳哲也だった。
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