残された夏 篠原 有

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   青柳哲也は好きな教師ではなかった。笑顔が少なく授業も淡々としていて、冷たく感じる切れ長の目が怒っているようにも蔑んでいるようにも見えて。  誰がどう見てもかっこいい男ではあるんだろうけど、僕は先生みたいになりたいとは思わないし憧れない。 「篠原、大丈夫か?……って、大丈夫なわけないよな」 「いえ、あの……大丈夫です。すみません、心配かけて」  ろくに口も聞いたことのない先生相手に返事をするのは少し緊張して、それなのに、こんなに落ち着く声を出す人だっけと思ったり。 「心配かけてなんて、そんな事を篠原は言わなくていい。それより、今から少し出て来れないか?」 「……今からですか?」 「あぁ。良かったら飯でも一緒にと思ってさ。実はもう篠原の家の前にいるんだ」 「えっ!」  どうやって断ろうと思った矢先、もう自宅の前にいると言われてしまうと無言にはなれなくて。  食べたいなんて思っていなかったし、実際に夕飯なんて頭になかったのに。 「……はい、わかりました」 「待ってるよ」  僕の暗い声に気付かない振りをして電話を切った先生にため息を吐き、億劫で仕方ないけど急いで支度をした。  こんな時に来るなんてやっぱり好きじゃない先生だと思ったけど、支度が終わって玄関のドアノブを掴んだ時にはこんな時だから来たんだろうと。  家から一歩出ると、窓から入る風に身を任せてきた僕にとって久しぶりの外は別世界に感じた。大きな満月と夏の終わりを告げる木々の葉を見つめながら深呼吸ひとつ。  築30年のマンションの渡り廊下を小走りに駆け、エレベーターを使わず薄暗い階段で一気に一階まで降りた。  外に出れば街灯の下に見覚えのない黒い車が一台止まっていて、車に寄りかかり満月を見ている青柳先生の後ろ姿があった。 「……青柳先生、お待たせしてすみません」  僕の掠れた声は少し離れた場所に立つ先生にちゃんと伝わっていて、肩越しに振り向くと優しく微笑んだ。  たぶん、こんな風に微笑む先生を僕はこの時初めて見たと思う。      
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