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普段、日常必需品の買出し以外では滅多に外出などしない出不精の私なのだが、この日に限っては珍しく、春の陽気に誘われるように、散歩へと繰り出していた。
何の目的も持たず、ただ歩くためだけに外に出るなど、何時ぶりの事だろう。
右手に小川、左手に桜並木を望むことの出来る土手道を歩いていると、鮮やかな薄紅色を纏った桜の花が、どこかから吹いた一陣の風に乗り、ふわりと私の肩に舞い降りた。
私はそれを指で掴み、自らの鼻元へと持っていく。
ああ、この感動する程に濃厚で上品な芳香は、正しく春の香りそのものである。
「…………」
ふと私は一人の男を回想し、感傷的な気分になった。
そういえば初めて彼と出会ったのも、丁度こんな春の昼下がりだったな、と。
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