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「うわぁ…綺麗…。」
正門をくぐるとその身を桃色に染め、満開に咲き誇る桜が迎えてくれた。
そよ風が吹く度にひらり、ひらり、とハートの形をした花びらが目の前をすり抜けていく。
今年の開花予想は通年に比べ遅いそうで、いつもは4月になれば散り始めている桜が
奈乃果の入学式に合わせ、散らずに咲き、まるで晴れ姿を見て欲しいかのようだった。
新しい生活が始まる─。
そう実感すると奈乃果は手に持っていた学生鞄を持ち直し、クラス発表が張られている掲示板へと足を向けた。
私のクラスはどれだろう…。と、さっきから発表が書かれた紙を見ようとするが、掲示板はすでにたくさんの新入生に囲まれていて、背の低い奈乃果は背伸びをしても見えなかった。
こういう時ばかり背の低さを恨むと言わんばかりに眉を潜める奈乃果。
そんな奈乃果を慰めるかのように、誰かが頭に手を置いたのだった。
「えっ」
「あ、」
奈乃果の驚きの声と、頭を触った彼の声が重なったのは一瞬だった。驚いて後ろを振り向くと、頭を触った本人と目が合う。
まず目についたのは奈乃果と同じであろうか…、ほんのりと色素の抜けた柔らかな茶髪。目の上で切り揃えた前髪から覗くきらきらと輝く目は、奈乃果と同じく驚愕を浮かべている。
綺麗、と奈乃果は思った。
舞い散る桜の花びらが何度も二人の間をすり抜けていく。
「急に触ってごめんね。驚いたよね」
声を発したのは彼の方からだった。
その声を聞くと同時に奈乃果の気持ちも少し落ち着いたのか、
「びっくりしたよ…。えっと…?」
なんで触ったの?と言いたげに彼を見つめる。すると、彼の右手から桜がコロリと顔を出したのである。
「桜の花びらじゃなくて桜がそのまま一房、頭に乗っかっていてさ。まるで、花冠みたいで綺麗だなって思ったんだけど、さすがに気付かずに教室に行くのも可哀相だと思ってね。」
申し訳なさそうに彼は微笑む。
後ろから急に触れられて思わず頭を撫でられたかと思ったが、どうやら目の前にいる彼は、奈乃果の頭についていた桜を取ってくれたようだった。
自分の勘違いに気付き、奈乃果は顔に熱が集まるのを感じた。
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