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___ 心あてに 折らばや折らむ 初霜の
___ 置きまどはせる 白菊の花
29番 凡河内躬恒
※ ※ ※
吐く息が白い。
夜明けを過ぎた静かな世界に、彼の小さな寝息が聞こえている。
ぬくもった布団を出るのは忍びないが、ストーブに火を淹れようと体を起こした。散らばっていた浴衣に袖を通すとひんやりと冷たい。
足音を立てないように抜け出して縁側に出る。猫の額ほどの庭に白菊が凍えるように咲いていた。
どうりで冷えるはずだ。
初霜が降り地面を凍らせている。
霜に覆われ震えている白菊に昨夜の彼を思い浮かべた。
まだ何も知らない無垢を、犯した夜。
___せんせい、と、夜の静寂に溶けた彼の甘い声。
真っ白なシーツに穢れのない彼の体を縫い留めて、細くしなやかな身を羞恥に染め上げる。
恥じらい身もだえるさまを味わい尽し、我が物顔に彼を抱いた。
がまんなんて、しようがなかった。
愛らしくて、愛おしくて、愛でたい気持ちがあふれて、僕は彼の純潔を奪った。
涙とともに散った白。
「せんせい」
ふいに少し掠れた彼の声が届く。
振り返るとこんもりとした布団から彼が顔をのぞかせている。
寒さに弱いせいかきゅっと丸まって、鼻から上だけをのぞかせて目だけで笑った。
「もう朝ですか?」
「まだ早いよ。寝てていい」
無垢を手折ったことを恨むでもなく、彼は微笑みながら僕を見つめている。
長いまつげが憂う様に降りた。
「ひとりでは寒いです」
そしてもう一度ぶつけられた瞳には、強い意志が見えた。
ああ。
もしもこれが罪だというのなら喜んでこの身を捧げよう。
手折られて尚、美しく咲こうとするこの花を僕は愛す。
引き寄せられるようにぬくもりに手を伸ばし、唇を寄せた。
庭の白菊は霜に抱きしめられてどちらの色かもわからない。
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