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珍しくも豪華でもない……どんなだっけ? もう忘れたような食事を終えても、町へ繰り出すには、まだ気が早かった。魔術師も観光なんて慣れていないのか、準備に膨大な手間を要するから。で、俺が外で待ってるのも嫌味ったらしくて、結局、部屋にこもることになる。
魔術師だって、前日にできる分はやっているんだ。責めるのも酷だろう。それは分かるんだけど……やはり、気になるところだな。一体全体、何を準備しているんだ?
普段着の「いつもの服」と、余所行き用の「いつもの服」が異なっていて、後者のバージョン違いが72着……止めよう。馬鹿馬鹿し過ぎて脳が暗黒面に堕ちる。
そんな下らないことよりかは、至極面倒なことでも考えていた方が、まだ思考に優しい。面倒、面倒……あぁ、面倒。
鞄から不要物を放り出して隅にやり、日記をすくって机に置いた。備え付けの羽ペンをインク瓶に浸けて、未だ真っ白のページを開く。つい2日前、文字で埋めたばかりなのだがね。
〈一周目 立ち塞がる魔物を無視し、一目散に魔王との決戦に臨む。頭を吹っ飛ばして辛勝。尚、魔物は王に吸収される形で生を終えた〉
もう固まってしまった素っ気無い文章を眺めると、改めて溜息が出てきた。
やはり、最初が一番苦戦したらしかった。致命傷を負った上、使命も果たしてしまったから、死ぬところだったと思う。けれど、あそこで死ねていたらどんなに楽か。
やっとの思いで首領を倒したと思い、静かに目を閉じると、なんとベッドの上にいる。さしもの俺でも初めてのことで、甚だ困惑した。是非とも、他の経験者に知識を拝借したい。具体的に言うとケレブ神話の英雄ヴェランの元に尋ねにいきたい。
ま、そんな時間航行を可能とするのは、この事態を引き起こしている高次元の存在くらいだろう。それが魔王なのか別の何かなのはさて置き、結論から言って無理。こうして今までの経験をまとめてみるしかない。
〈二周目 記憶が曖昧なものの、魔力の供給源と見られるアーティファクトを破壊し、魔物の多くを討伐。魔王は塵芥と成り果てた〉
恐らく混乱し過ぎて、状況が把握しきれていなかった。が、やるべきことはやったようだ。
赤く光る謎の結晶Xは、魔王の力の源、あるいは、それに類するものだったのだろう。実際、決戦時、彼は相当弱体化していて、成功を確信したんだけど。
〈三周目 魔王臣下の全てを滅却。1日後、魔王は粉微塵にし、魔術師の力によって異空間に転送〉
魔王が死ぬほど脆弱で虚弱で貧弱で軟弱で弱々しくてか弱かった。全ての予測がつくこともあり、余興にもならなかった。
それでいてきっかり時間は戻っているのだから、お手上げだ。考えてみると、俺はあの時から進歩がない。
〈四周目 基本的には三周目と同様。ただし、今回は一日で全ての工程を終了させた〉
〈五周目 基本的には三周目と同様。ただし、今回は二度目の突入を単独で〉
〈六周目 基本的には五周目と同様。ただし、意外と余裕をもてた為、一日で〉
〈七周目 一周目を再現。愉快だった〉
〈八周目 四周目を再現。愉快でなかった〉
〈九周目 四周目を再現しつつ、魔王を尋問。呆れて自爆を試みた為、焼却〉
〈十周目 尋問。無理だったので燃やした〉
〈十一周目 民謡とか歌ってみたけど駄目だった〉
〈十二周目 民謡風に尋問したけど駄目だった〉
〈十三周目 セムマド大陸南方、魔王城。そこには、二人の少年少女の姿があった。燃え盛る紅蓮の業火、蒼穹に轟く雄叫び、大地を揺する正義。
最終決戦が遂に巻を切って落とされた。愛する者との誓いを胸に、少年達は闘争に臨む。そして、最後に現れたのは意外な人物で……!?
最終巻「夢幻と神意~デヴィエイション・マキーナ~」9月上旬発売予定! 激動のラストを見逃すな!
初回購入特典にはポロンのブックカバーも付属! 皆に買ってほしいポロ♪〉
〈十四周目 俺達の戦いはこれからだ!〉
一区切りつけて静かに頭を抱えていると、扉をノックする控えめな音が、右方で聞こえた。経験から察するに魔術師だ。
インク瓶に蓋をしながらペンを走らせ、日記を放り投げ、それでようやく、振り返る。
「ん、どうぞ」
扉がギィとこすれて微かに開き、魔術師の姿が、隙間から半分ほど見られた。理由なんかなかろうに、申し訳なさそうに口をつぐんでいる。
「あぁ、ごめん。終わったのか? 俺もすぐだから、先、行っててくれ」
軽くなった鞄を拾い上げつつ、左手を振って合図をする。
「あんまり、急がないで下さいね。怪我したら、大変ですし」
そんなことを気にせずとも、傷なんてすぐに癒える。今まで、それは散々見てきただろうに、どうも安心できないらしい。例外と言ったら最初の魔王戦……と、それを再現した七周目と前回くらいなのに。
「まぁ、酷いときは魔法か何かで治してくれ……って、それが大変なのか」
「い、いえ、そんなことありません! 怪我したらすぐに手当てします! しますけど……ごめんなさい、ホントに急がないで下さいね」
彼女は扉を閉じたり開いたりした末、半開きにしてから、廊下を走って行った。心配になって顔を覗かせると、体勢を崩しつつも、転んではいなかった。
止め具が弾け飛んだみたいに前方が開いた、というか、胴体中腹部から袖が分かたれ、左右に寄ったコートも、躓きにくいから便利、と言えば便利だろうか。正直、形容し難いファッションにしか見えないが、戦闘時にも着用することを前提とすれば……そんな激しく動くか? 彼女。
大体、風に弱いわ、生脚が露出するわで、他に秀でた点がない気がする。脚はまぁ、下に短いワンピースを纏っている所為で……あの衣装を与えた奴は変態かファッションリーダーかだな。どちらにせよセンスを疑う。
やっぱアレだな。見ていて危なっかしいのは良くない。
けれど、こっちはこっちで、白い生地に金縁の入って低俗な外套だ。白は趣味じゃないし、金は強欲。しかも、羽織るとやっぱり異臭がする。前々回まで気がつかなかったのに、1度嗅ぐともう癖がついてしまう。はっきり言って憂鬱だ。
やはり、急ぐべきかもしれない。そんな当然の言葉が浮かぶが、あまりにも動機がつまらない所為で、阿呆らしくなった。そんな理由でループから脱出されては魔王も……あるいは別の大魔王か神かもしれないが、まぁ、浮かばれないだろう。
でも臭いんだよな。
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