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魔術師の隣を歩くという、非常に合理的且つ羞恥の薄い方法をとった後、改めて歩を進めると、静かな通りに出た。見覚えのある、というか、確実にいつもの通りだ。
背の低い建物が素っ気無く並び、その前を老夫婦やら犬の散歩をする青年やらが、ひたひたと歩くのみ。あの憎き大通りと比べると、のどかとさえ言える。朝っぱらから閉店している店も多く見受けられるが、これくらいの方が丁度良い。
「ここ、だよな? 取り敢えずの目的地って」
「えぇ、多分……そうでなくても、ここら辺は落ち着いていて、良さげ……良さげですよ、ね?」
「うん、いいと思う」
本当にそう思うよ。1日中この辺をぶらぶらしていても、案外退屈しないからな。
しかも、妙に早い到着だ。1+1は2という摂理に拮抗する世紀の大発見「俺が隣を歩いても割りと大丈夫」を魔術師から授かってから、心なしか町民達が干渉を控えるようになった気がする。死にたい。
はて、見覚えがある、と挨拶してきた人の顔を見直すと、前回、前々回辺りで談笑に興じた者だと気付くことが、何回かあった。だのに、彼らは大した障害とならず、にこにこ笑って俺達の横を通り過ぎていく。
「なんか遠慮されてないか?」
と魔術師に尋ねると、彼女は小さく頷いて、ばつの悪そうにしていた。きっと、なんらかの誤解を受けているのは、彼女も知るところだろう。
やっぱり、人とのコミュニケーション方法を王宮でも学ぶべきだ。でなけりゃ、こういう時に具合が悪くなる正義の味方が、また生まれてしまう。帰ったら真っ先に報告してやろう……覚えていたら、の話だけど。
まぁ、それが問題になるのは何かの手違いで俺が殺されるか、後年、恐らく200年後あたり、新たに勇者なんて大層な奴を輩出しなきゃいけなくなった時であって、今の俺には関係ない。隣り合って歩いていると幾分かタイムロスを防げる、ってことだけだけ覚えておけば十分だ。
「で、どうする?」
再び歩き出しながら、極めてアバウトに問い掛ける。彼女は辺りを見回し、ある一点を指した。
それは2階建ての、外装が真赤に染められた店だった。所々で塗装が剥がれて、茶色のレンガが露出している。その中で、外壁に設置されているどデカイ看板――人形屋クロム、なんて文字が躍っている看板だけ新品同然で、なんだか浮いていた。一見老舗に見えるが、元の建物が老朽化しているだけなのだろうか。
ってか、赤ってお前。目に悪いなオイ。
店先に扉はなく、1階の内部は開かれている。祭事の時にだけ出すような正装の人形が、多段棚に座って並ばされているのだけが認識できた。他は人、っぽい形の影にしか見えない。
「人形屋か。俺はいいけど、君は?」
今まで1度も入ったことがない店だ。加えて、人形だなんて。本音を言えば、すぐに飛び込みたい。
が、格好つけて、あるいは、怖気づいて魔術師に一任した手前、喜び勇んで突撃する訳にもいかない。未だに彼女は、俺に気を遣っているんだから。
何気なく笑みを浮かべながら、祈るような心持ちで魔術師の様子を窺う。彼女は3秒間ピッタリ静止した後、ハッとしたように俺を見返した。
「もしかして、嫌でしたか?」
ん? んん? んんん?
「ごめんなさい……それなら、他のところに行きましょう」
「違う違う! 俺は寧ろ行きたいくらいなんだけど、でも、君が嫌ならいいっていう、それだけ。本当、それだけ。俺は全然、欠片も嫌じゃない」
必死に告げると、魔術師は疑惑を向けるように目をすぼめ、自信なさげにこくりと頷いた。こっちも溜息が漏れ出そうになる。
チャンスをふいにするところだった。しかも、なんか疑われてたし。そんな演技が出来るほど、俺は器用じゃ……とも言い切れないか。
変な顔でもしていたんだろうか。顔をぺちぺち触って、ついでに美顔マッサージじみたことをしておいた。多分、意味ないけど。
人形屋の前に無表情で突っ立っている、店番らしい青年に会釈し、2人揃って店内に入る。その途端、無数の視線が殺到したのを知覚した。圧倒されたように、魔術師が1歩、身を引く。
その気持ちは分からないでもない。決して明るいとは言えないし、小さい店ながら、人形の数は大したものだ。自称烏頭の俺でなくとも、こうも一気に見られると、確かに響くものがある。豆知識ィ! 鳥は目玉紋様が苦手なのだッ!
大から小まで、恐らく500は下らない瞳の数だ。600、はどうだろう? なんにせよ、無闇に多い。
だが、個人的には、ナチェラルに狂った空間は嫌いではない。この形容し難い雰囲気も上々だ。こう……本気で狂ってない方がいい。本気で狂気を感じるものは、無性に斬りたくなる。斬らねばならぬ。
こう、丁度いい感じの……例えば、散髪屋見習いの家に、生首のレプリカが沢山置かれている感じ。あれも妙に愉快で好きだ。
そんなことはさて置き、大小ピンキリの人形を大まかに見回してみる。一先ず、趣味は悪くないようで安心だ。少女と聞くと何かにつけてすぐ傷つけて殺したがる輩ではないらしい……しかし、あれは本当になんなのだろう? どんな性癖? ふざけてんの?
あるいは、人形造りも、その成果の鑑賞も、人によっては解せないのかもしれない。けれど、俺個人はなんら不愉快でないし、今のところ、魔術師も興味深そうに視線をふらふらさせている。即ち、問題なし。
はてさて、華やかなロングドレスを纏い、丸い眼をした少女が台の上に何人も並んでいたり、鎧兜を身に着けた幼い女戦士がガラスケースの中で剣を煌かせていたり、手の平サイズで白塗りの女性は民族衣装らしき服をしっかり着せてもらっていたり……と、何となしに対象を変えて観察し続けていると、ある違和感にぶち当たった。
「男がいない」
「え?」
「男がいないんだよ、ここ。1人もいない」
魔術師はくるくる回って、そうして、意味を悟ったらしく、パチンと手を打ち合わせた。
「な?」
「そうみたいですね……あ、でも、私の家だって、人形は女の子ばかりでしたよ? そういうものじゃ?」
「それは、女の子向けの、ままごとに使うような人形があった、って話だろ? これは違う。もっと、なにかえげつないものだ」
肘から指先くらいの身長がある少女をじっくり眺め、その精巧さに思わず唸る。雪のような、穢れを知らぬ肌に、本物同然の……違う。本物を流用した滑らかな茶髪、闇に紛れて黒く輝く、宝石のような丸い眼。体格は小柄で、凹凸は極端に少ない。四肢は神樹の小枝のように細く、ほんのちょっと触れたらこの手で折れそうだ。
……やっぱり小さい子の方がいいよなぁ。
正直、外見だけで言えば魔術師より可愛い。彼女も可憐だし、比べるのも変な話だけど、でもな、この子と水だけで1年は保てる。砂漠だろうと、雪山だろうと。人外舐めんな! 魔物系勇者舐めんな!
それはどうでもいいとして、彼女はどこにも妥協が見られない、只の美少女だ。量産性が考えられていない。皆、子供に与えて玩具にするような娘じゃない。
ならば、だ。腕を組んで、少しだけ思考に耽ってみる。買い手がそういう人種で……だとしたらこんな、開けっぴろげにはしない……なら、彼女達の親が変態ってことか?
失礼な発想なのは分かるけれど、そうとしか考えられない。変態だったら、少女ばかり生み出すのも、そして、その美しさを追求するのも、納得できる。どうせなら、好きなものに触れていたいだろうし。
それに、これはいい変態だ。製作者はひっそり満足出来る。俺は楽しめる。だから、いい変態仕事だ。髪をどこから仕入れたのかは、敢えて想像しない。本物と見紛うような眼をしている癖に、妙に死の香りがすることだって、知らなかったことにする。異常過ぎるのは、こう、違うんだよ。
あぁ、そうだ。魔王を殺したら5人くらい頂きにこよう。土下座でもして。
魔術師に感謝しようと隣を向くと、いない。どうも、そっぽ向かれたらしい。なんだかんだ言ってこうなるんだから、俺も間抜けよな。
振り返ると、彼女は小さく屈んで、2人並んだ人形を見ていた。大きさは剣の柄……ってどれくらいだっけ。まぁ、そこそこの全高の二刀流戦士と、魔導書を携え、とんがり帽子を被った魔法使い。魔導書の表紙には、自分の尾っぽを加える蛇が描かれている。
「輪廻の祭事……レヒトか」
小さく呟いたつもりだったが、魔術師は耳ざとくそれを聞き取ったらしい。彼女が俺を見上げて、首を傾げた。
「レヒト、って、ケレブ神話の?」
「あぁ、蛇の魔導書を持ってるだろ? レヒトもそう、じゃなかったっけ」
「え? ……あ、本当だ」
もう一度体勢を低くして、彼女は発見と共に、ちょっと顔をしかめた。気付かなかったのが悔しかった、って訳か? そういえば、彼女の魔導書の表紙も竜だったっけ。
そんなことを考えつつ、俺も膝立ちになって、2人の人形を観察する。
双方、惚れ惚れするほど巧みな造形だ。神話をモチーフにしただけのことはある。レヒトは全身を黒で見事に覆っているし、ローブの裾がボロボロなのも、空を見上げて物憂げに目を細めているのも、グッド。それでいて、ここの人形師がお得意らしい、透き通るような白い肌も調和を乱していない。簡潔に言って美しい。
殆どイメージ通り。俺の幻像に質量をもたせたのだと言われても、却って、なるほど、なんて呟いたと思う。ありがとう、面妖な変態技術者。サンキュ……サンキュ……
だけど。
「なぁ、シニストラ。気付かなかったんなら、なんでこの子達を見てたんだ? 綺麗なのは分かるけど」
「え、それは、えっと……」
魔術師は微笑を湛えたまま、言葉を探すように視線をゆっくり揺らがした。
可愛らしい、と見ていてこぼしそうになり、唇を撫でる。ここの気にあてられたか、思考がソッチに寄っているらしい。あるいは……思考が途絶えていない。
「言いにくいことなら、別に構わないんだ。それとも、なんとなく、とか?」
「いえ、違うんです」
否定はすかさず飛んできた。予め用意されていたように。
「じゃあ……似てるから?」
答えは聞かず、改めてしゃがみ込み、2人の少女を見つめる。いやぁ、ホント……いやぁ。
「あぁ、似てるったって、俺じゃない。俺とレヒトは先ず有り得ないし、こっち……のヴェランだとしたら傲慢極まりないし、女体化されてるし」
そうだ、ここには少女しかいないし、英雄ヴェランは男。で、しょうがなく女性になっちゃった訳だ。見てるかヴェラン。お前はこんなところでも大人気だぞ。ホントごめん。
それでも、俺がヴェランだと判断できたのは、歪曲した2本の刀と、邪魔なくらい長い金髪を備えているから、そして何より、隣にレヒトがいたから。英雄を性転換なんて発想なかったけど、それを自然と思わせるのは、流石変態といったところか。
「でも、うん、君は似てる。いや、ホント似てる。前から、ちょっと思ってたんだ。君もケレブ神話については詳しいだろ? なら……」
真っ赤になっていた。
彼女の顔が、火山でも食ったみたいに、真っ赤になっていた。
「ど、どうした?」
なんとか安易な言葉を搾り出すと、彼女は俺の動体視力をもってしても捉えきれないスピードで、サッ、いや、シュンッ! と顔を背けた。見ると、床の上で、握り拳がぷるぷる震えている。
なんだ? 今回ばかりは、失言はなかった筈だ。レヒトはそんな、絶世の美女ォッ! みたいに持て囃されるような人ではないから、褒め殺しにはならない。一方で、恥辱たりうるほどの欠点はなく、寧ろ、失われた古代魔術をバリバリに運用して活躍する主砲だ。あ? これだと褒め殺しか?
そういえば、大魔王の仕掛けたループをヴェランが打ち破れたのも、レヒトの魔力あってこそ、ということになってるんだったか。魔術師もこのクソループを破壊してくれたら、助かるんだけど。
「あ、あ、あの、勇者様、今のは、意味で……どういう?」
支離滅裂且つ顔を合わせてはくれないが、取り敢えず、魔術師がかぼそい声を発してくれた。一先ず、息を吐く。
「魔術師でぇ、強くてぇ、若い。あと……いや。それだけで似ている、って。それだけだ。君こそ、どういう意味だと思うとそうなるんだ?」
「あ、いえ、その……ごめんなさい。でも、安心、しました」
安心。ふぅむ、安心。首を豪快に鳴らしつつ傾げ、眉間に皺を寄せていると、ようやく魔術師が振り返った。未だ赤味を帯びてこそいるが、冷却は済んだらしい。
「そうですね、勇者様は、知りませんもんね」
「……何が?」
「いえ、いいんです」
腕を組み、ますます不思議がる様子を見せてみる。が、そんな俺をよそに、彼女は心底安堵したような笑みを浮かべた。
ま、まるで分からない……
コミュニケーション能力は放っておいて、ケレブ神話、もう1度読み込んだ方がいいかも。けど……最近、なんか思い出したくないんだよな、あいつらのこと。なんでだろ。
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