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「えぇ、しかし………………しょうがないな、認めましょう、その熱意。今この瞬間から、貴方達は傍聴者です。深淵へようこそ」
「……では、どこからお話致しましょう。いえ、どこからお聞きになります? あ、そうそう、指輪はつけました? ……必要な気がしたんだがね」
「いや、ちょっと待て。ちょっと待てって。まぁまぁ、そう急かさないで頂きたい。私とて、この自慢の話を人に見せびらかすのは、少々惜しいくらいでして。というか、台本、あるんですけど、駄目なんですか? ギリギリ14枚になりそうなのを、どうにか15枚にして、フォ……駄目? うわぁ、視線集めたがるなぁ」
「おっと、やれやれ、冗談も通じないか……そりゃ、勿論。人は1年、2年、いえ、ほんの数日も置けば、まるきり変わってしまうものですからね。それは悪いことではないでしょうけど」
「えぇ、はい、あの人も例外なくそうでしたよ。で、そんなことを聞いてどうするんです? 私はね、からかうのは兎も角、からかわれるのは御免です。勝手とでもなんとでも言いなされ」
「で、そうだな、どこまでの脚色は許容されるのでしょう? かのヴェランとレヒトの英雄譚とて、実際のところは……あぁ、あれは神話? まぁ、どちらでも構いませんがね、貴方達がそう仰られるのなら、そうしておきましょう」
「しかし、彼……ヴェランは本当に厄介なものを残してくれました。あいつの惰弱な発想が、我々を壊死させるところだった」
「どういう意味かって? 聞けば分かりますよ。彼が大昔、執行者らしからぬ嘘を吐いていなければ、あんなことにはならなかったのに。あんなことには、ね。いやぁ、見てるだけでも厭なんだな、ああいうのは」
「責任は貴方達にもあります。いや、これは正確じゃないな。貴方の、それとも、貴方の祖先か。目と耳を鍛えろ能無し、と墓に落書きでもしておいて下さい。なんなら、私がしましょうか。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」
「あぁ、失礼、失礼。ですがね、私とて人間のナリをしていますから、たまには怒りくらい抱きます。不公平じゃないか、ってね」
「はぁ、言ったでしょう? 話したくないんですよ。これについては冗談じゃあ御座いません。偽らざる私の本心です。私とて商売柄、話すのは慣れているんですがねぇ。ま、例外といったところですか」
「あぁ、そうそう、過大な期待は放り捨ててしまって下さい。私とて、全てを知り尽くした梟ではないのです。ましてや、選ばれた人間でもね……覚えていたくなかったんですよ」
「嗚呼、しかし、本当に、哭きたくなります。えぇ、えぇ、こんなの、誰が喜ぶんでしょう? 誰が満足したのでしょう?」
「そんなことは知っていますよ。例え偽りであったとしても、秩序なくして、人は生きていけません。私もそうですから」
「はいはい、必要犠牲、でしたっけ? 人類の未来の為の。笑わせる……偽者は貴方達の方でしょうに」
「へぇ? 命を思うことを、愚かと呼びますか? ヴェランを?」
「愚者か。その称号はあんた達にこそ相応しいよ……おっと、失礼。度が過ぎましたかね。ところで、誰の言葉でしたっけ? 世界とは悲劇だ、なぁんて、よく言ったものですよね」
「ならば、滅びは逃れられぬ運命……否、来たるべき救いかな。それをほんの数歩だけ逃れることに、一体如何ほどの価値があるのでしょう? 全く、馬鹿馬鹿しい。好きに生きて、好きに死ねれば、人はそれで満足なんじゃあないですか? そんなのが許されないんじゃあ、死んでるのと同義よ。緩慢な死」
「あぁ、はいはい、分かりました、分かりましたって……ったく、これだから偉いさんは嫌いだ」
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