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何度目かの事、ボールを咥えて走ってきていた仔犬の尻尾が急にビクリと止まった。
『うん?何かあの人、お兄ちゃんをじっと見てる。変な感じ!!』ウウー
ボールを咥えたまま、光優の元に駆け付けたみゆは、その変な感じの人と光優お兄ちゃんの間に体を滑り込ませた。
「おいお前、その犬って俺のダチを襲った犬そっくりなんだけどぉ。ムカつく程デカイ、バカ犬でさ、見てたら腹立つんだけど!!」
「………そうですか。似ているだけなら、こういう犬は何処にでも居ますよ?」
近付いてきたのは、髪の色こそ赤とか奇抜ではないが、じゃらじゃらとピアスだらけで、服装もダボッとした典型的な不良のテンプレだった。
「だぁからぁ、似てるから腹立つって言ってんじゃん。見逃して欲しけりゃ、俺を不愉快にした慰謝料にその犬ボコらせろよ!!つーか、テメエもすかした面しててムカつく!!その顔一発殴らせたら、許してやんよぉ。」
地団駄を踏んで、脅して来る男は近寄ると妙な匂いがして、目も濁っている。
(ええと、昼間っから酔ってるの、この人!?不味いなぁ。)
さっきの男の言い分では、光優自体が勘に障ったらしく、みゆが居なくても結局は顔がどうこうで絡まれていたようだ。
「おい、アンタ。交番がすぐそこだぞ?警察に捕まっても良いのか?」
「うるせぇな!!ガキが偉そうに、お巡り来る前にボコらせろってんだよ!!!誰に向かって口きいてんだ、ああ!?」ブンッ
伽藍が木立の陰から覗く交番の屋根を指差して、男に忠告するが、逆に怒りだして殴りかかってきた。
『お兄ちゃん達に何するの!!あっち行ってよ!!』ヴーワンワン!!
「伽藍ちゃんは関係ないでしょ!?いきなり殴り掛かるなんて……危ないじゃない!!」ガシッ!!
ギリギリギリギリ………
伽藍に向かっていた酔っ払いのフルスイングを、光優はがっちり掴んだ。
日頃の実習と元々の手の大きさで、光優の握力は綺麗な顔の割に結構強かった。
「僕達は犬の散歩して、ちょっとボール遊びしてただけなのに、いい加減にしてよね。大体、人の家族をムカつくから殴らせろって、はいどうぞなんて言うわけないでしょう?」ギチギチギチ……
「イデデ!!この野郎、離しやがれ!!」ブンッブンッ
おそらく、引ったくりの身内で間違いないようだが、光優は敢えて無関係を貫いて、男の腕に指が食い込むほど握りしめた……というよりは、潰す気満々で全力で力を込めた。
「この……!!」ゴソゴソ…
もがいていた男が片方の空いた手で、ポケットを探って何かを取り出しかけた。
どうやら利き手ではないので、もたついている。
酔っぱらって(もしくはもっとヤバい状態)気が大きくなっている男が、何をするかわからないと二匹と高校生は、蒼くなった。
なのに、光優はそれを見て顔をしかめると、益々拘束を強めて向こうに引っ張っていこうとしている。
(何やってるの!?お兄ちゃん!!)ワフッ!?
(早く突き飛ばして逃げろ!!)
(光優、そいつ危ない!!近くに居たらダメだ!!)フシャー!!
仔犬と仔猫と男子高校生は、気が付くと咄嗟に男を制止しようとそれぞれ無意識に動いていた。
(光優に傷一つ付けて堪るか!!俺は、この時の為に……!!)グイッ!!←指を固めて、捻りあげた。
『何するの!!ここで、僕が決めないとお兄ちゃんがおじーちゃんみたいに怪我しちゃう!!』ドーン!!←思いっきり体当たり
『………死ね!!』バリバリバリ!!!←完全にヤル気満々
奇しくも同時に三人(?)が行動した結果、凶器は捻りあげた指から落ち、犬が体当たりした時に急所を強打し、仔猫の爪は両手を固定され防ぐ間もなく顔にストレートに突き刺さった。
「うわぁあ!!?テメエ、覚えてろよ!!俺一人に二人がかりとかふざけんな!!!ゼッテェ、許さねぇ!!もっと仲間連れて来て……」
「アーンーター!!!!!!ウチの子に何してんのよ!!」ボグゥッ!!
凶器は蹴り飛ばして向こうにやっていたが、確認すると、なんと小さなペーパーナイフのようだった。
ペーパーナイフでも充分刺さる鋭さなので、最初から取り出していたらと思うとゾッとする。
暴れて手を振りほどいた男が、顔を血塗れにして捨て台詞を吐いたときだった。
駆け付けた美彩緒が履いていたサンダルを、豪快に投げて男に命中させたのは。
見ると、慌てすぎてモップの柄を持って来てしまったようで、美彩緒は片方のサンダルもぽいっと脱ぐと、モップを構えて鬼の形相で走ってきた。
「これはどういう事よ!!まさか、ストーカーじゃないでしょうね!?仲間とか何とか聞こえたわよ!!」
立ちはだかる仁王立ちの美熟女を睨むと、男は図々しくも美彩緒にも慰謝料だのと言い出してきた。
「ちっ!!男にストーカーとかキモいんだよ!!どうでも良いから怪我の慰謝料寄越せよ!!こっちは被害者だぞ!!後、同じだけボコらせろよ!!狂暴な犬と猫は処分してもらおうか!!!」
「そっちが犬を苛めようとしたり、僕達を殴ろうとするからでしょう!?この人、最初からいきなり殴る気だったよ。」
「それに、凶器も出そうとした。俺たちはそれを止めただけだ。(犬と猫は飼い主の危機に怒っただけだしな。問題ない。)」
転がるナイフ、男の怪我は頬の真ん中に付いた猫の引っ掻き傷、犬の吠える声で次々集まる人々、それを掻き分けて到着するお巡りさん。
「何事ですか!!」
「ちっ!!覚えてやがれ、テメエ等の面覚えたからな!!ネットで晒してやる!!」
慌ててペーパーナイフを放置して、警官から逃げようとする男。
一番弱そうな美彩緒に向かって、わざとらしく突っ込んで、邪魔だと突き飛ばそうとした。
「逃がしゃしないわよ!!アタシの家族に襲い掛かってただで済むわきゃないよ!!オラッ!!」ブンッ
「アギャァア!!!?」ズデーン!!
池田美彩緒、元レディースの頭時代に培った鉄パイプ裁きで、モップを鮮やかに操り、男の向こう脛を薙ぎ払った。
「こんなもんは、適当に振り回しときゃ当たるんだよ!!おばさんにすっ転ばされたくらいでピーピー言うんじゃないわ!!」
「奥さん、落ち着いて!!暴漢は警察が抑えますから!!ああ~、今確保しましたから!!抑えて下さい!!」
息を切らせて駆け付けたお巡りさんは、まずはモップ片手に仁王立ちする美熟女を宥めるのが先だった。
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