二章 It`s a piece of cake

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数時間が経ち、わたしはいつの間にか夜空に浮上していました。 身に纏っていた衣服がありません。布団がありません。地に足がついた心地が全くしません。寝転がっていた筈なのに、直立したまま宙に浮かんでいます。 とんでもない現象が起こっているというのに、頭がそれに追いつかなくて、わたしはそのままぼんやりとしていました。 ──わたしは、死んだのでしょうか。 ふわふわとした体に、ふわふわとした思考回路が、そのような結論にたどり着きました。 きっとそうなのでしょう。もしくは夢です。あまりにも現実離れしていて、そういうスピリチュアルな現象なのだと納得するしかないのですから。 燦燦と辺りが輝きます。夜空の、高度459mの地点に浮かぶわたしの目の前で、光り輝くシルエットが浮かび上がりました。 眩しさに目を細めて、その影を捉えます。 『──優衣ちゃん』 その影が、わたしの名前を呼びました。 どうしてわたしの名前を知っているのか、謎です。 その影は、慈悲の込められた美しい声で、もう一度わたしに呼びかけました。 『優衣ちゃん。死んじゃだめだよ。生きて』 胸がきゅっと詰まりました。素性のわからない、夢か現実かさえわからないというのに、その言葉に怯んでしまいました。 『わたしの姿が、見える? 心を開いて、ゆっくりでいいから、わたしに近寄ってごらん』 目が慣れてきて、その影がようやく女の子の姿をしていることに気づきました。 お尻まで伸びた長い髪に、ワンピースから伸びた細い腕。その細腕が、わたしの方に伸びてきます。手を差し伸べられているようでした。 『そっと、そぉっとでいいんだよ……さぁ、わたしの胸に飛び込んでおいで』 優しく語りかける謎の正体。そんな得体のしれないものが、この胸に飛び込んで来いと言っています。 女性ならば、かなり控えめな胸部の出来上がりですが、そんなところに飛び込めと言っているのです。 誰が行くものですか。
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