二章 It`s a piece of cake

32/69
前へ
/252ページ
次へ
「……何の用ですか」 逃げ場がないまま話しかけられてしまったので、わたしは渋々とイヤホンを外して、起き上がりました。 そしてできるだけ冷ややかな視線を、これでもかと紡木さんに浴びせます。しかし彼女はわたしの視線など意にも介さず、にやりと笑います。 「いやさぁ、あんたみたいなのにしか頼めないわけよ。言っとくけど断る権利はあんたにないから、断ろうとは思わないでよ」 「どうしてわたしが、あなたの頼みを聞かなくてはいけないのですか。時間の無駄です。早くここから出ていってください」 「んー、あれ? そんなこと言ってもいいのかな?」 「いい加減にしてください。わたしにはそんな時間なんてないんです」 「あっそ。じゃあ、これなんだけど──」 そして、紡木さんは懐から一枚の写真を取り出して、わたしに見せつけました。 写真に写っていたのは──。 「っ!?」 それは紛れもなく、わたしの家でした。 青山くんと住んでいる家ではなく、その前の、元のわたしの家でした。 「あんたの家よ。ほら、神山ってさ、誰も家に呼びたがらないじゃん? だから、こっそりあんたの後をつけて、住所を突き止めたのよ。ふふっ、綺麗な家よねぇ」 冷汗が垂れてきて、体温が低くなっていきます。徐々に息遣いが荒くなり、その家を見るだけで震えてきました。 ──せっかく、忘れかけていたのに。 青山くんの家に居候するようになって、あの暗黒の思い出を、ようやく忘れ去ることができると思ったのに。 「……ど、どうする気ですか?」 動揺を隠せず、おどおどとした口調で尋ねました。 紡木さんは、そんなわたしを見て邪悪な笑みを浮かべると、女王が平民を見下すように言いました。 「──お願いを聞いてくれなかったら、クラスメイト全員にバラすから」 「……それだけは、やめてください……」 「じゃあ、お願いを聞いてくれるのね?」 すごく惨めな気持ちでした。今まで眼中に止めていなかった紡木さんなんかに、思い通りに利用されようとしているのです。 これは、最近感じた幸せがあまりにも大きかったことに対する、罰なのだと強引に理解しなくては、怒りの気持ちを抑えきれませんでした。 「……はい。何でもします」 「ふふふっ、いいお返事をどうも。じゃあ、早速命令よ。ついてきて」 わたしは、一体どうなってしまうのでしょう。 処刑台に向かう罪人のように、わたしはとぼとぼと紡木さんについていきました。
/252ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加