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息子の思い
僕は母の味と言うものを知らない。
覚えていないと言った方が正解か。
小学校低学年の頃、母は家を出て行った。
そこからは、父と2人での生活が始まった。
母が家を出ていってしばらくは寂しかった。
父の機嫌が悪い時は、母のところに行きたくて涙が出た事も何度もあった。
でも人間は環境に適応していくもので数年も経つと、その生活が当たり前になっていた。
近所に住んでいた祖父母も、時々家に来てなんやかんや面倒見てくれた。
高校、大学の費用まで全部出してくれたのは祖父だ。
祖父は不動産業のワンマン社長で、僕にも口うるさかった。
上から目線の言動がカチンとくるけど、いろいろと世話にもなったし文句は言えない。
祖母は母親代わりに世話してくれたな。
一緒に服を買いに行ったり、ご飯食べに連れていってくれたり。
母親のいない僕をかわいそうだって言っては甘やかしてたと思う。
甘やかされていたのは僕だけじゃない。
父は祖父の会社の従業員だったけど、朝から出勤している姿を見た事がない。
ほとんど家にいて、昼近くに起きていた。
父と出かけるときはだいたい祖母も一緒で、支払いはいつも祖母。
父はたまに夜遅くに帰ってくる日があって、そんな時は1人ぼっちで寂しかった。
仕事だって言ってたけど、本当はパチンコだよな。
父は普段優しいけど、何かのスイッチが入ると豹変して僕を怒鳴り散らした。
起こり出すと、手を出す時もあるから怖かった。
祖母に相談してもなだめられるだけ。
祖父の暴力の方がずっと酷かったし、めったに手を出さないんだからいいほうだと言われていた。
祖母は、父を溺愛してたからね。
何とか父親としての威厳を保たせてやりたかったんだろう。
そんな中で一番嫌だったのは父や祖父母が口を揃えて、出ていった母親を悪く言う時だった。
聞いてもないのに、どんなにひどい母親だったのかを説明してくる。
「だから、いない方が良かったんだ」
「会わない方がお前のため」
と言わんばかりに。
そんな時は、うっすらと僕の記憶に残る母の笑顔が頭に浮かんで心がチクっとした。
僕は、どちらかというと穏やかな性格だと思う。
それでも僕自身、時々母親に対して無性に感情的になる事はある。
よく、小さい息子を残して出ていったなって。
どんだけ寂しい思いしたか分かってんのかよ!って。
今も正直、許せない気持ちはある。
今頃どうしてるんだろう。
僕の事を忘れて自分だけ幸せに暮らしているんだろうか。
もし連絡をとるようになったら、父や祖父母の言うように母から金をタカられたりするのか。
分からない。
こうやって、死ぬまで会わないのが正解なのか。
1度も連絡すらしてこないなんて、やっぱり最低の母親なのかも知れない。
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