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深い深い海の底に一頭のくじらがいました。小さな島ほどの大きさです。くじらにしては大きいでしょう?大きなくじらは普段あまり動きません。そよそよとそよぐ海藻のあいだでじっとしていることが多いのです。そのくじらが満月の夜にぱっと目を開きました。金色の瞳はお月様と同じ色。まんまるの満月とおんなじです。満月が夜空で輝くころ、じっとしていたくじらがとつぜん動き始めました。
深い深い海の底からぐんぐんと波の上に向かって泳いでいきます。あまりに大きなくじらなので、そばで泳いでいた魚がおどろいてよけました。
「くじらさん、どうしたんだろう」
「きょうは満月だから、お仕事なんだよ」
怖がるちいさな白いお魚にしわがれた声でウミガメがこたえました。ウミガメはくじらの古い古いお友達です。
くじらが動くと海も遠慮するようにぱっと波がわかれます。くじらはどんどんスピードを上げて、海の上に飛び出しました。飛び出したくじらの勢いは止まりません。そのままぐんぐん上へ上へとのぼり、とうとう厚い雲を突き抜けてしまいました。
雲を突き抜けた夜空には星が輝き、くじらにきらきら光を放ちます。星の中でぱっと光る満月から、豊穣の女神と月の女神がそろって出迎えました。
「今夜もよろしくね」
「生きとし生けるものすべてに幸いあれ」
厳かにたれるくじらの頭に、二人の女神が両手をあてました。深い海の底に似た藍色のくじろの体が金色に輝きます。金色の瞳と同じ色。まんまる満月と同じ色です。
女神にお辞儀をするように体を曲げると、今度はどんどん雲の下へと降りていきました。小さな島ほどの体を大きくゆすります。金色のくじらの体が燃えるように揺らめいて大きな金色のしぶきが吹きだしました。
ぷぉーーっ!
くじらの鳴き声かそれともしぶきを吹き出す時の音なのか。
金色の光る星々と同じ色の光が粉雪のように降りそそぎます。家の中で眠っている子どもたち。仕事で夜遅くまで働いている大人たち。外に出られず病院で過ごす人。海の上で寝ずの番をする人。犬小屋でのんびり眠る犬。砂漠の中で動くサソリ。海の中でじっと動かぬ岩たち。氷に閉ざされた国に過ごす人。世界一高い木の上や日の光を避けて暮らす植物も。
たくさんのものたちがくじらの光を浴びています。
彼らはどんな夢をみているのでしょう。
彼らはどんな願いをもっているのでしょう。
それはくじらにはわかりません。くじらは満月の夜に一度だけ女神の依頼を受けて広い夜空を泳ぎ回ります。
くじらの名前はゆめくじら。生きとし生けるすべての願いが叶いますようにと満月に一度だけ動きます。
東の空が白むころくじらの体はもとの藍色に戻ります。ゆっくりゆっくり海へと戻り沈むようにして元の場所へと戻っていきます。
「お疲れさん」
ぐうぐう眠るくじらのそばで、年老いたウミガメと小さな白い魚が笑います。
ウミガメと小さな白い魚の体には、粉雪のような金色の光がくっついていました。
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