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第3話
油断してしまったのは、腕を引く相手の、“猫カフェ”なんていういかにも害のない言葉に惑わされたからに違いない。
笑うと細くなる少しつり目の青年が、猫のコスプレをしているのも、その店のコンセプトなのだと違和感を感じなかった。
けれど建物の少し急な階段を上った先。中の見えない重苦しい扉の向こうへ足を運べば、それがただの“猫カフェ”ではないことがわかる。
長く延びる廊下を進み、受付らしきカウンターの前で待たされる。
大きなガラス窓が壁となって、メインフロアと廊下を隔てていた。
青年は俺のかわりに受付を済ませていて、その間にちらちらと中を覗く。
仕切りのない広い部屋には、ソファやテーブルがいくつも用意されている。
外と変わらぬ照明が薄暗いその場所は、雰囲気のあるバーを連想させた。
そしてどこを見ても、“猫”の姿をみつけることができない。
「お兄さん、飲み物何にする?」
「え、あぁ、ウーロン茶で」
そわそわとしながら立ち尽くす俺へ、急に振り返った青年がドリンクメニューを差し出した。
ガラス窓から目を離して、どこにでもある飲み物を指でさす。
カウンターには年輩の男がこちらを睨むように見ていて、緊張で少しばかり動きの鈍くなった体はさらに重たくなった。
ドリンクを注文して一時間分の料金を支払うと、また強引に青年は俺の腕を引く。
ガラス扉で閉ざされていた部屋へ入り、あたりを見渡しながら立ち止まる。
顎に指を添えて何か悩む仕草は、見た目とは違って子供っぽく見えた。
「どこに座ろうか。お兄さん初めてだし、奥にする?」
「俺はどこでも」
窓越しに見た部屋は、思いのほか静かだ。
薄暗さはそのままなのに、落ち着いた雰囲気はイヤらしさを感じない。
なぜそんなことを考えるかと言えば、この店の“猫”が『人間』だったからに他ならない。
「えっと、ここって“猫カフェ”なの」
「あぁ、……騙したみたいで、ごめんなさい。でも話し相手になれるのは本当。愚痴でも相談でも何でもして」
広い部屋にある椅子やソファには、ペアで話をしている客と店員が数人いる。
その店員というのは、店の商品とも言うべき猫役の人間だった。
客と同じテーブルで話をする店員は、全員が猫耳のカチューシャをつけている。
その種類は豊富で、たれた耳のものもいれば、ぴんと上を向いた毛の短いものもいた。
しかも全員がいわば“オス猫”で、若い男がこぞって猫のコスプレをしているのだ。
「猫はね、本当は指名できるんだけど、今日はおれにして。いい?」
間違った“猫カフェ”に驚愕した俺は言葉を失う。
可愛らしく自分を選べと言ってくる青年は、返事など聞かずに奥へと進む。
隅にあった二人がけのソファへと座って、隣へ座るように俺を促した。
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