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第6話
受付までの短い距離が、妙に長く感じた。
嬉しそうに笑いながら、クロは昨日と違って優しく腕を引く。
俺は名前を呼ばれて、昔からの知り合いだとでも言うように並んで歩いた。
そういった特別扱いをされたせいなのか、頼むつもりもなかった酒を注文してしまう。
また隅の席へ通されたあと、テーブルに中ジョッキのビールが出てきたときは後悔した。
苦手なアルコールは、接待のときですら控えているというのに。
「今日はお酒なんだね。ほらぐいっどいって、ストレス発散しようっ」
煽られて一気に飲み干したビールは冷たいのに、喉へ流れたとたん体を熱くした。
何故だかすぐに二杯目が来て、それをクロから直接受け取り、迷いながらも口をつける。
「これは俺の奢りだよ。今日も来てくれてうれしいな。でも早かったね、仕事早めに片付いたの?」
隣に座るクロが一段と近く感じて、少し触れただけの肩は服の上であっても熱を感じた。
アルコールの回りは思ったより速く、慣れない酒のせいで頭には血が上る。
「え、ああ。今日は会議が一つ減ったから、普通より早く上がれたんだ」
「そうだったんだ。いつもはもっと遅いから驚いたよ」
「いつも?」
だんだんと遠くなる声を聞き流しそうになったが、かろうじて反応した俺は少しの疑問をぶつける。
初めて会ったのはつい昨日のことだというのに、クロのその口ぶりは首をひねらせた。
隣を振り返れば細い目がさらに弧を描いて、波打つ俺の心臓をさらに高鳴らせる。
「俺ね、前から透さんのこと見てたんだ。いつも店の前を通るスーツ姿のイケメンがいるって、噂になってたんだよね」
「それ、俺じゃないよ」
少しばかり気の大きくなった俺は、それを鼻で笑いながら二杯目のビールを飲み終える。
テーブルにジョッキを置いて重たい頭を垂れながら、笑うクロの黒耳をじっと見つめた。
「別に、今となっては誰でもいいんだよ。俺は透さんが来てくれてうれしいし。あれ、もう酔ってる?」
「ごめん、酒弱いんだ」
熱くなった体はふわふわと、宙を浮いているような感覚に襲われる。
前後の感覚は薄れていくが、なんとかその場にとどまっていられるのは、クロがとっさに支えてくれたからだった。
「え、そうなの。大丈夫?具合とか平気?」
「なんとか」
気分が悪くなったわけでもないのに、背中を擦られるとその感覚が心地よい。
優しく撫でるその手から感じた相手の温もりは、ひどく気持ちよかった。
「……酔ってるときに言うのは卑怯かもしれないけど、ねぇ透さん。今日、俺のこと持ち帰らない?」
左右の感覚も不安定になっている俺を支えて、クロは近い距離をさらに縮める。
耳元に息がかかるまで寄って、一段と小さな声で囁いた。
「…………?なに、持ち帰るって」
夢の中にでもいるような感覚で、クロの言葉は反響して聞こえる。
かかる吐息は俺をぞくりとさせて、熱い体がさらに反応するはめになった。
「俺のこと、―――飼わない?」
また囁くように言う相手へ視線を向ける。
何か企んでいるような、そんな笑みを浮かべたクロは、とてつもなく可愛く見えた。
それは恐らく、彼にとってすでに一部となっている猫耳のせいなのだと、俺は勝手に決めつけることにする。
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