13.父親が生きていた?—代わりに会いに行った!

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13.父親が生きていた?—代わりに会いに行った!

僕は久恵ちゃんに本当の父親について聞いたことがあった。久恵ちゃんのママの話によると、生まれる前に亡くなったとのことだった。兄が亡くなったときに戸籍が必要になって分かったが、戸籍上も母親の子となっていた。 何か事情があったのかもしれないが、母親が亡くなった今はもう何も分からなくなっていた。 「私には優しい崇夫パパがいたし、新しいパパもここにいるので普通の人よりずっといい」と言っていた。それならそれで良しとしよう、そう思っていた。 母から8時過ぎに電話がかかってきた。久恵ちゃんのことで話があるという。久恵ちゃんには聞かれないようにしてほしいというので自分の部屋に入った。 今日、母の住む高齢者住宅に吉村真一という人が訪ねて来たという。吉村という人は若い時の知り合いの女性が亡くなった義姉の潤子さんと同一人物か確かめたいということだった。 吉村という人は50歳ぐらいで京都の大きな会社の社長をしているとのことだった。去年12月の事故が全国で放送されて、潤子という名前と年齢が一致していたので、気になって新聞記事を頼りに探して母のところまでたどりついたとのことだった。 息子夫婦の家族の写真を見せたが、すぐに探していた潤子さんだと分かった。お墓参りをさせてほしいと言われたので、一緒に墓参りに行ったということだった。長い時間、お墓の前で手を合わせていたそうだ。 一緒に写っていた久恵ちゃんのことを聞かれたので、潤子さんの連れ子だと話したら、顔色が変わったという。久恵ちゃんのことを教えてほしいというので、東京で次男が父親代わりになって一緒に暮らしていると話したという。 吉村という人に私の子供かもしれないので会わせてもらえないかと頼まれた。一存では答えられないと言って、とりあえず引き取ってもらったが、どうしたものかと僕に相談の電話を入れたのだという。先方の住所、氏名、電話番号を聞いているので、久恵ちゃんと相談してどうするか考えてほしいと言った。 久恵ちゃんの父親については、生まれる前に亡くなったということ以外は聞いていなかった。兄貴も詳しくは知らなかったようだ。兄貴の性格からして無理に義姉から聞き出すようなこともしなかったのだろう。吉村という人がわざわざ義姉を探してお墓参りに来たのはきっと何か事情があったはずだと思った。 突然の話でどうしたものか、久恵ちゃんにはどう話したものか、考えがまとまらない。とりあえず明日の晩に久恵ちゃんに相談することにして一日考えることにした。 ◆ ◆ ◆ 一日考えたが良い考えは浮かばなかった。久恵ちゃん自身のことなのだから、他人がどうこう言う話でもない、どうするかは彼女自身が決めるしかない。ありのままを話すしかないというのが結論だった。 食事の後片づけが終わったので、コーヒーを飲もうと久恵ちゃんを誘った。コーヒーを飲みながら、昨日の夜の母からの電話の内容をそのまま伝えた。久恵ちゃんは放心したように黙って聞いていた。 「どうする久恵ちゃんの気持ち次第だけど」 「いまさらそういうことを急に言われても会う気になれません。それならどうしてもっと早く会いに来てくれなかったの?」 「なにか事情があったのだろう」 「そんなの向こうの勝手な事情でしょ」 「会わなくていいのか、後悔するよ」 「今は会いたくありません」 「それなら、僕が会ってきてもいいかな? 僕は久恵ちゃんの父親代わりだから、娘のためならできるだけのことはしたい。吉村という人のことも調べておきたいし、本人から直接事情も聞いておきたい」 「そうまで言うのなら、パパに任せます」 ◆ ◆ ◆ 次の日、僕は会社で母から聞いていた電話番号に連絡を入れた。こちらの名前を言うとすぐにつながった。 先方の電話の応対は丁寧で好感が持てた。久恵ちゃんが今は会いたくないと言っていることと僕が代わりにお会いしても良いと伝えた。 先方は僕に是非会いたいと言ってきた。丁度東京へ出張するというので、ホテルのラウンジで今週の金曜日の夜7時に会う約束をした。 約束の時間にホテルのラウンジで約束を告げると、すぐに奥の方の個室へ案内された。食事ができるようになっていて、そこに50歳くらいの品のいい紳士が待っていた。 僕が来たことが分かると立ち上がって一礼をした。顔を見てすぐに久恵ちゃんの父親であることを確信した。目元と鼻、口元がそっくりだった。 名刺交換をした。名前は吉村真一、京都の有名ホテルチェーンの社長だった。吉村さんは義姉とのことを話してくれた。大学を卒業してから父親のホテルでホテルマンの修業をしていたころに同じホテルに勤めていた義姉と親しくなったという。義姉は控えめで、不器用で失敗ばかりしていた彼を励ましてくれたという。 彼は一人息子だった。義姉と結婚したいというと両親から猛反対されて、義姉もホテルを辞めさせられて、行方知れずなってしまったという。 妊娠していたことは知っていたか聞いたところ、身に覚えがあったが、妊娠していたら自分に黙って身を隠すようなことはしないと思ったという。 彼女は自分のために身を引いた、いや引かされた。そう思うと申し訳ないのと両親への反発もあって、それから何年も縁談を断り続けたという。 それから20年経って、偶然テレビで交通事故に夫婦が巻き込まれたというニュースを見たそうだ。写真が彼女に似ていたし、名前と年齢が一致していたので、気になったという。興信所に頼んで、新聞記事から住所を探してもらって、ようやく母のところにたどりついたという。 それで娘さんがいたのでもしやと思って聞いたら、彼女の連れ子だったので驚いた。年齢から自分の娘だと確信したという。 娘に会って謝りたいという。知らなかったでは済まされないと言った。是非、会わせてほしいと懇願された。そういう父親の気持ちはよく理解できた。 久恵ちゃんにはそう伝えるが、ここへ来る前にこの話を伝えたとき、動転して会うことを拒絶したので、今は会わないで静かに見守ってやってほしいとお願いした。いずれ、久恵ちゃんの気持ちの整理がついたら便宜を図ると言っておいた。 それから亡くなった義兄が父親代わりをして、彼女も義兄を慕っていたことを話した。また、今は僕が父親代わりをしていることも話した。だから安心しているように言っておいた。 彼はどうか娘のことをよろしくお願いしますと何回も何回も頭を下げた。気持ちの優しい誠実な人だと思った。 ◆ ◆ ◆ 9時半過ぎにマンションへ帰ってきた。今日、彼と会うことは、約束ができた日に久恵ちゃんには話しておいた。今日は会社から直接ホテルへ向かった。 短時間で済むと思って、食事を一緒にすることになろうとは思っていなかった。帰る時に、食事を一緒にしたことを久恵ちゃんにメールで伝えておいた。 マンションに着くと、久恵ちゃんが食事を済ませて、後片付けをしているところだった。僕はリビングのソファーにそのまま座った。 久恵ちゃんは無関心を装って何も聞いてこない。キッチンの掃除をしていてこちらに来ない。僕が話し始めるのを待っているようだった。 「久恵ちゃんのお父さんに会ってきた」 「どうして父親だと言えるのですか?」 「一目見て分かった。久恵ちゃんに目元と鼻それに口元もそっくりだった」 「他人の空似もあります」 「久恵ちゃんのママとのことも詳しく聞いてきたから、間違いないだろう。辻褄も合うから」 それから、僕は久恵ちゃんに父親から聞いてきたことを一部始終話した。会って謝らせてほしいと懇願されたことも話した。 「会いたくありません。死んだものと思っています。大体、避妊もしないで妊娠させるなんて、男として最低!」 「でも、久恵ちゃんのママは彼を愛していたのではないのかな。だから彼のために妊娠していることも黙って身を引いたのじゃないのかな。そしてママには愛した人の子供である久恵ちゃんが生きがいだったのではないか。僕は彼に会ってそう思った」 「そんな身勝手なこと、子供には迷惑な話です」 「じゃあ、ママが嫌いになった?」 「・・・・」 「死んだものと思っているのなら、遺影だと思って見てみるかい? 彼の写真を数枚撮ってきた。確かに会ったという証拠のために僕と一緒の写真も撮っておいた」 「見たくありません」 「遺影だと思って、父親の顔も知らないと言ってたけど、顔ぐらい知っていてもいいんじゃないか、ほら見て」 スマホに撮ってきた写真を無理やり久恵ちゃんの目の前に出して見せた。するとじっと見入った。 「どう?」 「どうって、普通のおじさん、まあ、普通より少しはましな方かな」 「転送しようか?」 「いいえ、パパが持っていて下さい」 「じゃあ、大事にしまっておくよ」 「今日は私のためにありがとう。疲れたでしょう。ゆっくりお風呂に入って下さい」 そういうと、久恵ちゃんは自分の部屋に入った。僕が自分の部屋からパジャマと下着を持ってお風呂に入ろうとしたとき、久恵ちゃんの部屋で泣き声が聞こえた。僕の前では我慢していたんだ。 考えてみれば彼女は幸せものだ。父親代わりの兄貴と僕と本当の父親と3人も父親がいるんだから。僕の前で喜んだり泣いたりしては死んだ兄貴にも僕にも悪いと思ったのだろうか? 久恵ちゃんらしい。 僕は吉村さんとの別れ際に久恵ちゃんの写真が必要か尋ねた。もし1枚でもいただければ嬉しいと言われたので、携帯に保存してあった僕が気に入っている写真数枚を転送してあげた。大切にすると感謝された。このことは久恵ちゃんには黙っていた。 次の日の朝、何かが吹っ切れたようにすっかり元の久恵ちゃんに戻っていた。父親とのことはいずれ時間が解決してくれるだろう。
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