ボコイ様

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 葬儀が閉会すれば、人々は儀式の準備に取り掛かる。    つぐみは前回の担当者だったよだかから灯りを受け取る。鬼灯の実を模した巨大な提灯だ。  つぐみが息をひそめて提灯を掲げれば、橙色の灯りに照らされて自分と同じ顔が三つ闇夜に浮かび上がる。 「まったく、なんだって今時こんな古臭い儀式をしなくちゃいけないんだ。時代錯誤も甚だしい」  灯りに目を細めて、心底嫌そうに長男のあとりが言う。怠惰な兄にとってこの儀式は面倒くさくて仕方がないのだろう。それもよりによって自分達が式の中心にならなくてはいけないのだ。どうして自分達がこんなことをしなくちゃいけないんだと、吊り上がった目が露骨に不満を訴えていた。 「まあまあ、兄さん。そんなことを言ってはいけないよ。これも町のしきたりなんだから」  次男のひたきがたしなめれば、あとりはますます不機嫌そうに顔を歪める。 「それが納得いかないと言ってるんだ。だいたい、怪しすぎると思わないか。『無事に転生できるよう神様の社に遺体を納める』。まあ言いたいことはあるがこれはまだいい。問題は、なんでその儀式を先導する立場に選ばれるのが『多胎児』だと条件づけられているのかってことだよ」  多胎児である必要性はないだろうとあとりに噛みつかれて、ひたきは困った顔をする。そんなことを言われても彼には答えられないだろう。それでも人のいい次男がどう兄をなだめようかと悩んでいると、それまで黙っていた四男が口を開く。 「兄さん達、静かに。そろそろ出発しなくちゃ。僕達が列の先頭を歩くんだから、遅れないようにしないと」  くいなに叱られて、あとりはようやく黙る。緊張しているのはつぐみだけではないのだろう、兄弟皆ピリついているようだった。  つぐみは心を落ち着かせるために深呼吸をし、それからふと思い出してあの転校生の姿を捜す。 「鬼塚君、こっちこっち」  制服の群れの中でさまよう黒を見付けて手招けば、幽灯はのそのそとやってきた。君は慣れてないだろうから僕の後ろにいた方がいいよとアドバイスすると、ああ、と簡素な返事が返ってくる。  素直な反応に胸を撫でおろしていたつぐみは、しかし彼が持っているものに少し面食らった。雨も降っていないのに、何故か幽灯は真っ赤な傘を手にしていたのだ。 「……それは?」  傘を指さして訊けば、幽灯は淡々と答える。 「人から預かったものだ。葬儀に出るならこれを持っていけと言われた。きっと必要になるからと」 「……そう」  雨の予報すらないのに、どうして傘が必要になるのだろう。それも、およそ葬儀には不釣り合いな血みたいに真っ赤な傘だなんて。疑問には思ったが、いやいやそれどころではなかったと思い直し、つぐみは提灯を持ち直す。  鬼灯の提灯を携えた四つ子は、重たく響く鐘の音を合図に夜の町を歩き始めるのだった。
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