ボコイ様

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 熱帯夜特有のじっとりとした暑さが体を包み込んで、汗が流れる。  日中の肌を突き刺す太陽の熱もうんざりだったが、この時間帯の茹だるような暑さも厄介だった。学校の制服でこれだけ暑いのだから、喪服だったらもっと苦痛だったのだろうとつぐみは思う。本当は暑さなどどうでもよくて、単なる現実逃避だったのだけれど。  それくらい、この儀式は不気味で仕方がなかった。  時刻は二十三時半に差し掛かったころ。ボコイ様の社に辿り着くころには丁度日付を越えるだろう。それすらもすべて計画的なものに思えて不信感が芽生えた。  本当に生まれ変わりを願うための儀式なら、なにもこんな時間にやらなくてもいいだろう。あとりの言う通り、この儀式はやはり怪しすぎる。だが大人達に歯向かう勇気もなく、つぐみは兄弟とともにボコイ様の社を目指すしかなかった。  後ろに続く列は気味が悪いほど無言だ。厳粛な空気だとはいえ、大勢の人間が歩いているというのに。まるで物言わぬゾンビの群れを引きつれているようで、つぐみは己の妄想力に身震いしてしまう。隣を歩く兄弟の顔も、橙色の灯りにあてられているせいか知らない人のように見えてしまった。  そのうえ列の真ん中では遺体の納められた棺が担がれているのだから、それが余計に恐怖を煽る。つぐみ達は今、死者とともに夜の町を歩いているのだ。  そんなつぐみの恐怖を打ち消すように、背後で冷たい声が響く。 「あれは」  つぐみの背後から手が伸びてきて、遠くに見えてきた社を指さす。振り返らずとも幽灯のものだとわかった。 「あ、あれがボコイ様の社だよ。あそこに遺体を納めるんだ」  幽灯の問いはつぐみを現実に引き戻した。こんな異様な空間でも変わらない転校生の態度に救われていると、でも、と言葉が続く。 「社は二つあるようだけど」  幽灯の言う通り、視界に映る社は二つあった。一つは屋敷と呼べてしまうような絢爛豪華な社。もう一つは、一つ目と違い貧相で荒れ果てた社。露骨なまでに対照的な建物が二つ、並んで佇んでいたのだ。 「あっちの綺麗なほうが、僕達が目指しているボコイ様の社。そっちの社はコゴイ様のもの」 「コゴイ様?」 「あまり見ない方がいいよ。祀っているのはよくないものだから。……阿左美君も、あのコゴイ様に殺されてしまったみたい」  近寄ってはいけないと言われていたのにとつぐみが零せば、神なのに人を殺すのか、と疑問が返ってくる。 「死を司る神様なんだ。人を生まれ変わらせる、生を司る神様であるボコイ様とは正反対の神様なんだよ」  蛇の下半身と四本の腕を持つ恐ろしい鬼神らしい、とつぐみは聞きかじった知識を教えてやる。 「コゴイ様は子供に執着しているんだ。だから子供が社に近付くと命を奪われてしまう。君も近付かない方がいいよ」  ふうん、と幽灯は興味なさげに返す。それきり彼はなにも言わず、再び沈黙が訪れた。
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