ボコイ様

13/31
前へ
/143ページ
次へ
 定期的に手入れはされているはずだが、この広さでは掃除が追いつかないのか、社の中はすえた臭いが漂っていた。  兄弟で力を合わせて棺を担ぎ、一行は建物の奥座敷に当たる場所へと向かっていた。  ボコイ様のご神体が納められている神聖な部屋で、母から何度も口酸っぱく道順を教え込まれてきた。それでも迷いそうになるほど社の中は入り組んでいて、やはり神社というより巨大な屋敷のようだな、とつぐみは思う。神様を祀っている場所というにはあまりに広大で、そして生活感に溢れた内装だったのだ。  見渡す限り一面に貼られた札がなければ、かつて人が住んでいた日本家屋だと言われても信じてしまっていたかもしれない。こんな特殊な造りの社は恐らくこの場所くらいだろう。本当に変な風習だと不思議に思っていると、つぐみとともに棺の足を支えていたくいなが小さくうめいたのに気付く。 「くいな、どうしたの?」  つぐみが声をかけると、臭い、と嫌そうな返事が来る。確かに湿っぽい臭いがするよねと言えば、くいなはそうじゃないんだとかぶりを振った。 「水が腐ったような臭いがする」 「水が腐った臭い?」  つぐみは鼻は首を傾げて臭いを嗅いでみる。すえた臭いはずっとしているが、水が腐った、なんて独特なものはしない。だがくいなは相当強い臭いを感じているようで、薄明りに照らされるその顔は歪んでいた。  僕にはわからないけどなぁと呟くと、前で棺の頭を支えていたひたきが振り向く。 「遠くで水音がしているから、どこかで水が漏れているのかもしれないね」  水音、と呟いてつぐみは耳を澄ませる。しかしその水音とやらも聞こえてこなかった。自分の感覚が鈍いだけだろうか。それとも二人にだけ認識できる臭いと音があるということだろうか。  なんとなく嫌な気持ちになって、気味悪いこと言わないでよと文句を零せば、ひたきは困惑した顔になった。 「これだけ異様な場所に居れば、誰だって妙なものを感じ取ったりするもんさ」  フォローのつもりだろうか、ひたきとともに棺の頭を支えていたあとりが囁く。その声は彼らしくもない硬いもので、あとりもまた緊張しているのだと不安がこみあげてきた。  長くうねった廊下を、四つ子は備え付けられた松明の灯り頼りに突き進む。抱えている棺は妙に軽く、本当にこのなかに遺体があるのかと疑ってしまうほどだった。  早く棺から手を放したい、いいやそれどころかさっさと朝を迎えて社から出たい。その思いはきっと同じだったのだろう、自然と足早になった兄弟に引きずられてつぐみは前のめりになる。 「見えてきたぞ。あそこだ」  あとりの声が反響して、別人のようにくぐもって聞こえる。彼が指さした先には小さな座敷が口を開けてつぐみ達を待っていた。その奥にボコイ様のご神体である石が鎮座しているのを見て、ああ、もう引き返せないのだと喉を鳴らす。  座敷に足を踏み入れれば、夏の熱気とはまた違う生暖かい空気が体を包み込んだ。
/143ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加