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「くいな? どうした?」
あとりとひたきも弟の様子に気付いたのだろう、揃って身を乗り出してくる。それをぼんやりと見詰めるくいなの目は酷く虚ろだった。
「具合でも悪いのか? 凄い汗だぞ」
あとりが額の汗を拭ってやると、くいなはか細い呼吸音とともに弱々しく囁いた。
「臭いが、」
「臭い?」
「臭いがずっとするんだ。さっきから気持ちが悪くて。胃の中を直接搔き回されてるみたいだ」
「おいおい、大丈夫かよ」
あとりの問いにも答えられないほどくいなは弱り切っているようだった。息をするのも辛そうに浅く呼吸を繰り返し、力なく目をつむる。先程あとりが拭ってやったばかりだというのに額にはまた汗が浮かんでいた。
さすがにまずいと思ったのか、あとりの表情に苦々しさが滲む。
「おい、これ危ないんじゃないか」
「くいな、大丈夫か? 少し横になる?」
「いいや、いったん社から出よう」
ひたきの提案をさえぎって、あとりが噛みついた。まだ儀式の途中だとひたきが迷いを見せれば、それどころじゃないだろうと怒声が返ってくる。
「儀式なんかどうだっていい。今大事なのはくいなだろう。町のやつらの文句なんかあとでいくらでも聞いてやるさ。……つぐみ、くいなを支えるのを手伝ってくれ」
「わ、わかった」
つぐみがくいなの体を支えれば、ひたきも覚悟ができたようだった。僕が先に行って誰か呼んでくるよと告げて、一足先に立ち上がる。
あとりと力を合わせてくいなを立ち上がらせたつぐみは、その体温の高さに驚いた。あれだけ話ができたことが不思議なほどの高熱が出ていたのだ。熱で意識が朦朧としているのだろう、くいなはぐったりと体を預けてひゅうひゅうと空気が抜ける音を発している。
いくらなんでも、この短時間で容態が変わりすぎていた。何故突然こんなことにと戸惑いながらも、つぐみはあとりにせかされて一歩踏み出す。
そして、いよいよボコイ様の部屋を出ようかというとき。
背後から、強烈な生臭さが漂ってきた。
それは、つぐみとあとりの足を止めるには十分すぎるものだった。
いいやつぐみ達だけではない、先頭に立っていたひたきでさえも足を止め、息を殺して御神体を見詰めていた。それほどまでに御神体から漂ってきた臭いは異様だったのだ。
それはくいなが言った「水の腐ったような臭い」だった。水が腐り、虫が湧き、濁り切った臭いだった。頭を鈍器で殴られたような刺激臭に目の前が眩み、つぐみは危うく崩れ落ちそうになる。
この臭いを、くいなはずっと感じていたのか。
それが今、どうしてつぐみ達にもわかるようになってしまったのだろう。浮かんだ疑問は、しかしあとりの強張った声で霧散した。
「だめだ」
と、あとりは呟いた。御神体を食い入るように見詰めたまま。
「この部屋から早く出よう。どこかに隠れよう」
「あとり兄さん?」
いいから言う通りにしてくれと上ずった声で告げられる。つぐみは彼がなにを感じとっているのか気になったが、御神体を凝視しているその目の瞳孔が開き切っているのに気付いて口をつぐんだ。
「はやく、」
あとりに促され、つぐみはくいなを支えたまま奥座敷を後にする。
肩にかかるくいなの息は、火傷をしそうなほど熱かった。
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