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化け物の姿が完全に見えなくなっても、つぐみはしばらく動けなかった。
化け物は社の玄関の方へと向かったようだった。あとりの忠告に従わず素直に社を出ようとしていたら追い付かれてしまっていただろう。今になってその事実が恐怖となり、つぐみは足がすくんでしまっていた。
それでもさすがと言おうか、あとりはいち早く平静を取り戻してひたきのもとへ戻る。
「ふ、二人とも、なにを見たんだ」
ひたきは状況をよく理解できていないようだったが、それでも異様さは感じ取っているらしかった。あとりはそんな次男に向かって、化け物が出たのだと短く告げる。
「ば、化け物?」
「奇形児の化け物だ。そいつが阿左美の死体を引きずって歩いていた」
「奇形児って……なんでそんなのが居るんだ。ここはボコイ様の社なのに」
「わからない。だけど、やっぱりこの社は異常だ」
化け物のこともそうだが、この屋敷だって。そう言って、あとりは書庫内を見渡す。
「疑問には思わないか? なんだって神のおわす社に書庫なんか存在するんだ」
確かにあとりの言う通りだ。神を祀る場所に書庫など必要ないだろう。それこそ、かつては人の住処だった屋敷をむりやり社に仕立て上げたのでなければ不自然だ。
「なにもかもが怪しすぎる。ボコイ様とやらも信用できないな。
……つぐみ、お前なにか知らないのか。確かオカ研に入ってただろ」
あとりにいきなり水を向けられて、つぐみはようやく我に返る。だが、残念ながら兄の期待には応えられそうにはなかった。オカルト研究部に入っているとはいっても、オカルトマニアの後輩に強引に入部させられただけでたいした知識は持っていなかったのだ。
それでもつぐみは、なんとか以前後輩から聞いた情報を絞り出す。
「ぼ、僕が知ってるのは、コゴイ様とボコイ様は親子だったということだけだよ……」
「親子?」
「コゴイ様は母親の神様なんだ。我が子が殺されたショックで鬼神となってしまったみたい。それで、その殺された赤ちゃんにあたるのがボコイ様……って聞いたけど……」
「なんだそれ、つまりは水子の神様ってことじゃないか。ろくなもんじゃないな」
ならあの化け物はボコイ様ってことか。そんなあとりの呟きにつぐみは体を震わせた。恐らく兄の予想通りなのだろうが、あんなおぞましいものが神として崇められているだなんて信じたくもなかったのだ。
「なんで町のやつらがあれを信仰してるのかはわからんが、なにか裏がありそうだな。くいなの体調も心配だし、早くここから脱出しなければ」
「でも、あんなのがうろついているのに大丈夫なの?」
「このまま隠れ続けても、いつかやつに見付かるだろう。それならまだ危険を冒してでも外を目指した方が得策さ」
西廊下から回って玄関を目指そう、とあとりは言う。ボコイ様は東廊下を歩いていった。やつに会わないよう反対側から行くのだという彼の頭には、どうやら玄関までの道順が完璧に叩き込まれているようだった。
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