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「つぐみ、くいなをおぶってもらっていいかい。先頭は僕が行くから、悪いがひたき、最後尾は任せた」
「……わかったよ」
ひたきは緊張の面持ちであとりの指示に従ったが、つぐみは動けないままだった。
つぐみの脳裏にはあの赤ん坊の化け物の姿が焼き付いていて、いつかまたあれに遭遇するかもしれないという恐怖で押し潰されそうになっていた。傍に兄達が居なければきっと恐慌状態に陥ってしまっていたことだろう。
くいなを一刻も早く安全な場所に避難させなければ。頭ではわかっているはずなのに足が震えて立ち上がることさえできない。
臆病者の自分が情けなくて唇を噛み締めていたつぐみは、自分の頭を撫でる手の感触に驚いて顔を上げた。
「なぁにしけた顔してるんだ、つぐみ」
つぐみを優しく撫でてくれたのはあとりだった。それは先程までの険しい表情ではなく、いつもの飄々とした兄の笑顔で、つぐみは呆気にとられてあとりを見詰め返す。
「大丈夫、僕達が居るんだからなにも恐れることはないさ。兄ちゃん達が絶対に守ってやるからな」
「あとり兄さん……」
「ここは四つ子の底力を見せつけてやろうぜ。ここで怖気づいちゃあ元悪童の名がすたるってもんだ。なあ、ひたき?」
「……さりげなく僕まで悪童扱いするのはやめてくれるかな」
「あっはっは、なに言ってるんだ。昔は僕なんかよりよっぽどクソガキだったくせにさ」
からからと笑うあとりに、ひたきは苦い顔をする。元悪童コンビの相変わらずなやりとりに、つぐみは自然と肩の力が抜けていくのを感じた。否、つぐみだけじゃない、ひたきも緊張が緩んだように表情を和らげている。
こんなときだというのに、いやこんなときだからこそ、いつも通りのあとりの態度はありがたかった。彼だって怖くないはずがないのに、弟達を勇気づけようと笑いかけてくれるのだ。その兄心が嬉しくて、本当にこの長男には敵わないな、とつぐみは涙が出そうになる。
「つぐみは僕達が守る。だからつぐみはくいなを守ってやってくれ。できるな?」
あとりに穏やかに諭されて、つぐみは涙をこらえて力強く頷いた。そうだ、こんなところで怖気づいている場合ではない。あとりとひたきが弟である自分を守ろうとしてくれているように、つぐみにもまた、大切な弟が居るのだから。
絶対にくいなを守ってみせる。そう己を奮い立せて、つぐみはくいなを背負い慎重に書庫の扉を開けるのだった。
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