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赤が、
赤が、ボコイ様の胸を突き破っていた。
ボコイ様の口からまた新たな鮮血が噴き出し、つぐみの頭上に降り注ぐ。腐臭の漂う体液に汚されたつぐみは、呆然としながらボコイ様に刺さった赤い傘を眺めていた。
傘がゆっくりと引き抜かれ、ボコイ様の体が崩れ落ちる。そして露わになったのは、血にまみれた傘を手に佇む少年の姿。
転校生──鬼塚幽灯が、そこに立っていた。
「鬼塚君……」
つぐみが呆けたまま名を呼べば、幽灯は息を吐き出す。憂鬱を凝縮したような、暗い暗い溜息だった。
「まったく、世話の焼ける。こんなのは【葬儀屋】の仕事じゃないってのに」
意味深なことを呟いて傘の血を振り落とした幽灯は、気だるそうに頭上の女を見上げる。
女の顔は笑みから一転して憤怒で歪み、身がすくむような恐ろしい形相になっていたが、それでも幽灯が怯える素振りはなかった。
「相変わらず趣味の悪いやつらだ。こんなものを祀っているだなんて」
女を睨みつけたまま、幽灯は忌々しげに吐き捨てる。
「母恋様に子乞様か。まったくよく考えたものだよ。母を恋しがる憐れな赤ん坊と、子供を乞い続ける狂ってしまった母親。どうしたって幼き存在である赤ん坊の方に情が向く。それを逆手にとって生贄集めとは本当に反吐が出る」
いったいどいつの入れ知恵だ、と幽灯は問いただした。あの性悪な『マリア』の託宣か、と。女は答えず、ただ恨めしそうに幽灯を見下ろし続けている。それすらも幽灯の目には滑稽に映ったようだった。
「水子を操って神様気取りか。惨めだな。貴いやつらから神の役割を与えられていい気になっているようだけど、生憎あんたもその水子と同じ。所詮やつらの操り人形にすぎないんだよ」
女の顔に血管が浮かび、それがブチブチと千切れる音が響く。獣の咆哮を思わせる絶叫とともに女が地面に飛び降りれば、幽灯は楽しそうに目を細めた。
怒り狂った女の体は荒い呼吸で上下し、そのたびにしゅうしゅうと瘴気を発していた。間近で見る女の姿は巨大で、蜘蛛の胴体についた女の顔は怒りのあまりもはや人としての原型を失っている。その醜悪な光景につぐみが後ずさると、幽灯から鋭い指示が飛んできた。
「あんたらは子乞様の社に行け」
「え、」
いったいなにを言い出すんだ、とつぐみは狼狽する。子乞様の社に行くなんて自殺行為だ。彼女は子供の命を奪う神様なのだから。
だがそんなつぐみの動揺を見透かしたように、幽灯は床に放り出されていたくいなを抱き上げるとつぐみに押し付けた。
「大事な弟なんだろ。助けたかったらつべこべ言わずに行け」
それでもなお迷っていると、ようやく拘束を振り払ったあとりがつぐみの名を叫ぶ。母恋様の影響が薄れたせいか、ひたきは抵抗もせずあとりに引きずられていた。
「行くぞ、つぐみ! 迷ってる暇なんてない!」
あとりの怒声に背中を押され、つぐみはようやくくいなを抱えて立ち上がる。まだ恐怖で足が震えていたが走れないほどではなかった。
あとりに続いて大浴場から逃げ出そうとしたつぐみは、しかし不安に思って幽灯を見やる。視線の意味を正しく受け取ったのだろう、幽灯はにやりと笑ってみせた。
「僕の心配はしなくていい。すぐ追いつくさ」
その目が闘志で爛々としているのを見て、つぐみは彼の言葉を信じあとりを追いかける。
立ち去っていく四つ子を見送ると、幽灯は傘を振りかぶり女に向かって突きつけるのだった。
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