29人が本棚に入れています
本棚に追加
母恋様の社を飛び出し、四つ子は子乞様の社に駆け込んでいた。
子乞様の社は母恋様の屋敷と呼べるような社と違い、ほぼ物置のようなありさまだった。埃の臭いが充満する社の中は、まだ十分スペースがあるのに妙に窮屈に感じる。息が詰まるような閉塞感に胸が苦しくなったが、それでもまだあの忌まわしい場所よりはずっとマシだとつぐみは思った。
くいなは相変わらずぐったりとしているが、先程より呼吸が穏やかになっている。ひたきも暴走することなく大人しいままだ。もっとも、まだ正気に戻っていないのかぼんやりとしていたが。
とりあえず窮地は脱した、と思う。だが油断はできない。ここは子乞様の社の中なのだから。それはあとりも同じ思いのようで、兄は強張った顔でつぐみに傍から離れないよう言いつけた。
やがて、つぐみの耳になにかが這いずり回るような音が届く。
それは重たい音を響かせ、巨大な体を引きずっているようだった。恐怖に息を呑むつぐみを引き寄せ、あとりは意識が朦朧としているひたきとくいなを守るように抱え込む。
つぐみはあとりの体温を感じながら、必死に目を凝らして物音の正体を突き止めようとする。やがて目が慣れてくると、視界の中で煌めく鱗の存在に気付いて背筋が寒くなった。
あれは蛇の鱗だ。
鱗で覆われた巨大な蛇の尾が、つぐみ達兄弟を囲んでいるのだ。
ずるり、とまた尾がこすれる音が響く。
つぐみ達は今、子乞様の尾に巻きつかれようとしているのだ。壁が見えないほど巨大な尾だなんて、締め付けられたらひとたまりもない。恐怖で歯の根が合わなくなり、カチカチと鳴り響く歯が恨めしかった。
どうか。どうか見逃してくれ。つぐみは兄弟と体を寄せ合い、必死に子乞様に祈る。
──だが、いつまで経っても子乞様の尾が迫ってくることはなかった。
「……?」
不審に思って顔を上げれば、あとりも同じことを思ったのだろう、警戒しつつ辺りを見渡す。
今はもう、這いずる音はしない。つぐみ達の体をすっぽりと包み込んだ尾はこちらを締め付けるどころか、それ以上近付いてくる気配もない。
つぐみは予想と違う状況に戸惑う。どうして子乞様はなにもしてこないのだ。これでは、まるで──。
「……まさか、僕達を守っているのか?」
あとりの言葉を肯定するように、子乞様の尾の中はとても心地が良かった。今自分達を囲んでいるものの正体が忌まわしき死の神であるとわかってもなお。
上半身が人であるせいか、子乞様の尾からはほんのりと体温が感じられた。それが母の胎内のようで、しだいに心が凪いでいく。母親を亡くしたばかりのつぐみ達兄弟にとって、それはあまりに甘美なぬくもりだった。
しかし甘い幸福を切り裂くように、重たい音が響き渡る。
最初のコメントを投稿しよう!