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蝉の声が響いている。
耳障りな音だ、とつぐみは朦朧とした意識の中思った。
暑い。窓から差し込む夕暮れ時の強烈な日差しが体に突き刺さって、じりじりと肌を焼いていく。
熱い。熱で霞んだ視界はぐるぐると回って今にも倒れそうだった。
蝉が鳴いている。
ぼやける光景に、揺れる影だけが色濃い。
あれはなんだ、とつぐみは呟く。うまく回らない脳ではそれを正確に認識することができなかった。いや、実のところは、”認識したくなかった”と言ったほうが正しいだろう。
だってぶらぶらと揺れるその足は、つぐみと揃いの靴を履いていて。
あれは長男に無理やり押し切られ、兄弟で揃えたものだ。皆して嫌がっていたが、なんとなく登校用に使っていた。まだピカピカの、艶のある革靴。履こうとするたびに恥ずかしくなって、苦しくなったお揃いの靴。
それが今、つぐみの目の前で揺れていた。
つぐみは体を震わせ、ゆっくりと視線を上げていく。
去年に比べると若干色あせたスラックス。少しだけ乱れた開襟シャツに包まれた薄い胴体。ロープの食い込んだ細い首。それから、それから、
つぐみと同じ顔が、そこにあった。
つぐみの兄弟が、首を吊っていた。
汗が流れ落ちて喉を伝う。
耳をつんざくような蝉の音がわんわんと脳内に響いて不快だ。
兄弟の顔はしっかりと見えない。ざんばらになった髪が顔を覆って影を作っていた。
それが兄弟のうちの誰であるのか、つぐみにはわからなかった。喉が張り付いて悲鳴も出せずに、つぐみはただ呆然と兄弟の死体を見詰める。
泣き出すこともできないつぐみの代わりに、蝉は鳴き続ける。
どうして兄弟は死んだのだろう。どうしてこのことに自分以外誰も気付いてくれないのだろう。混乱する頭でつぐみは必死に考える。
だが、本当は答えなんか最初からわかりきっていた。
蝉が鳴いている。揺れる体を下ろしてやりたい。蝉が鳴いている。自分にそんな資格なんてないのに。蝉が鳴いている。夏の日差しが兄弟の体を焼き尽くそうとしていた。蝉が鳴いている。涙さえも涸れ果ててしまって一つも零れない。蝉が鳴いている。どうして、という言葉は蝉時雨に呑まれた。
蝉が鳴いている。蝉が鳴いている。蝉が鳴いている。蝉が鳴いている。
せみが、
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