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瑞畢町は、町というより村と呼べるようなこぢんまりとした土地だ。
都心から離れているせいか、それとも長年よその町との交流を絶っていた独特の歴史のせいか、田舎の雰囲気が拭えず、この時代にまだ古臭い風習にこだわる。そんな世間から取り残されたような閉鎖的な空間だ。
当然町を離れたがる若者は多くて、つぐみくらいの歳になると皆町を出ていく算段を始める。辺鄙なところだから好き好んで引っ越してくる者も少ない。なので、若い子がよそから引っ越してきたと聞いたときは意外に思った。
夏休みも間近というこの中途半端な時期の転校生に、教室はざわめいていた。担任のよだかも噂が広まっているのを把握しているのか、落ち着かない様子の生徒達にやれやれという顔をしている。これではまともに朝の連絡も聞いてくれないと判断したのだろう、よだかは早々に話を打ち切った。
「はいはい、わかったよ。早く紹介すればいいんだろう。おおい、入ってきていいぞ」
よだかが廊下の方へ呼びかけると、いよいよかと生徒達の期待の視線が集まる。浮ついているのはつぐみも同じで、そわそわとしながら教室の扉を凝視した。
やがて静かに扉が開き、小柄な影が音もなく教室に入ってくる。
──黒い。
それが転校生の第一印象だった。
着ているのは自分達と同じグレーのブレザーだというのに、べっとりと黒で塗り潰されているような錯覚を起こしてしまうほど、その転校生の姿は強烈だった。
黒髪黒目など当たり前のことだ。なのにどうしても目が離せない。どこまでも広がる闇を思わせる深い深い黒の髪は、そのくせ明かりを吸い込んで美しく艶めいていた。
そしてなにより目だ。意思の強そうな大きな目は、底なし沼のようにどこまでも淀みきっていたのだ。
圧倒的な美しさと、それ以上の陰鬱さ。見惚れると同時に薄ら寒さを感じたのはつぐみだけではなかったようで、あれだけ浮かれきっていたのが嘘のように教室が静まり返っていた。
そんな中、己に突き刺さる視線の意味に気付いているのかいないのか、転校生が冷静に口を開く。
「鬼塚幽灯。よろしく」
その声は、同い年の子供だとは思えないほど冷たすぎるものだった。
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