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四限目が終わり、昼休みに入ってもなお、幽灯に話しかけるものは誰も居なかった。
誰もがこの浮世離れした転校生に気後れし、距離をとっているようだった。けして興味がないわけではないが、好奇心よりもためらいの方が上回ってなんとなく近寄りがたい。
そんなぎこちない空気の中でも、ある意味さすがと言おうか、つぐみの兄であるあとりだけは興味なさげにあくびを漏らしていたのだが。
そんな浮いた存在である転校生を引きつれ、何故かつぐみは二人きりで校内の案内をしていた。
できることならまだ様子を窺っていたかったのはつぐみも同じだ。幽灯に校内の案内をしてやるようによだかから頼まれなければ。本当は嫌で仕方がなかったが、クラス委員だろうと言われてしまえばなにも言い返せなかった。
「ええと、ここが職員室。入るときは挨拶をしっかりするように言われてるよ。入室のマナーはそこの掲示板にも貼ってあるから目を通しておいてね」
「はあ」
つぐみが目の前の掲示板を指さして紹介すれば、幽灯は聞いているのか聞いていないのかわからない返事を零した。
つぐみが一生懸命案内をしている間、彼はずっとこの調子だった。学校の設備に興味がないというよりも、この世のすべてに興味がないというような素振り。不愛想すぎる転校生の態度に怒りがこみ上げるどころか、気まずさにキリキリと胃が痛むほどだった。
いい加減この重たい空気に耐え切れなくなってきたころ、沈黙を切り裂きように扉が開く音が響く。
「あれ、つぐみ」
丁度いいタイミングで職員室から顔を覗かせたのは、つぐみが所属するオカルト研究部の顧問・うずらだった。
今日も今日とてトレードマークの青いスカーフを揺らし、控えめな笑みを向けてくれる。うずら先生、とつぐみが名を呼べば涼やかな声が返ってきた。
「こんなところでなにをしているの。……彼、見かけない子だけれど、もしかして例の転校生?」
転校生の存在はよだかから聞いていたのか、うずらは興味深そうに幽灯を見詰める。これにはさすがの幽灯も驚いたようで、わずかに目を見開いてようやくつぐみに話しかけてきた。
「……双子?」
幽灯が驚いたのは転校生だと言い当てられたからではない。うずらの顔が担任のよだかと瓜二つだったからだ。やっぱり最初は驚くよなぁと苦笑して、つぐみはうずらを紹介してやる。
「この人は霞木うずら先生。よだか先生の双子の弟さんなんだ」
「そう。鈴音高校の名物双子教師とは俺達のことだよ」
そうおどけたように笑うとますますよだかにそっくりで、幽灯はさらに混乱したようだった。つぐみだって、服装や表情の違いがなければ見分けがつかずに困っていたことだろう。
もっとも、同じ顔が並んでいてややこしいと言われるのはつぐみ達四つ子も同じなのだが。
そういえばつぐみとあとりが同じ顔なことは驚かれなかったなと思っていると、うずらの目がこちらを向く。
「転校生君がここに居るということは、君が校内の案内をしているのかな?」
「そうです。よだか先生に頼まれてしまって」
「そう。俺はてっきり、相談事があって来たんだと思っていたからさ。最近訪ねてこなかったから」
もう相談はいいのかな、とうずらは訊いてくる。思い当たる節がなくつぐみは内心首を傾げたが、幽灯の前なのでとりあえず大丈夫ですと答えておいた。
うずらは安心したように微笑んだが、つぐみの胸には小さな引っ掛かりができてしまった。しかしそれを深く考える前に、騒がしい足音が聞こえてきて気がそれる。
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