ボコイ様

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「ああ、居た! つぐみ!」  廊下を走ってきたのは噂のよだかだった。自分でつぐみに案内を頼んだくせに、彼はやっと見付けたと息を切らして肩を掴んでくる。その慌てようを不審に思っていると、彼は呼吸を整えながら報せを告げた。 「二組の阿左美(あざみ)が死体で見付かった」  突然の訃報につぐみはギクリとする。隣のクラスの生徒のことまではあまり詳しくなかったが、少なくとも名前だけは知っていた。つい数日前、学校集会で彼の名を聞いていたのだ。 「阿左美って、家出したまま行方がわからなくなっていた子?」  うずらが訊けば、そうその阿左美だと答えが返ってくる。残念ながら行方知れずの同級生は、生きたまま見付からなかったらしい。だがそれで何故自分を捜していたのだろうと疑問に思っていると、よだかは苦々しく口を開いた。 「阿左美が見付かったのはコゴイ様の社だ」  コゴイ様。その名前はつぐみでもよく知っていた。自分に声がかかった意味を理解して硬直すると、よだかは矢継ぎ早に伝える。 「通夜は明日。葬儀はそのまた次の日だ。火葬はしない。ボコイ様の元に連れていく」 「よだか先生……」 「お前ら兄弟は列の先頭だ。儀式の流れは知っているな?」  つぐみが頷けば、よだかはようやく表情を和らげた。 「嫌な役割だが、お前らに任せるしかないんだ。すまん」  頼んだぞ、という激励にはつぐみに対する気遣いが滲み出ていた。つぐみが産まれる前にもボコイ様の社で人が死んだと聞いているから、きっとそのときはよだかとうずらが担当したのだろう。自分達も体験したことがあるせいか、二人ともつぐみのことを気にかけているようだった。 「大丈夫です。……そういうしきたりですから」  つぐみが虚勢を張って言えば、二人は少しだけ安心したようだった。  つぐみは必死に儀式の流れを反芻する。幼少期に母から教わったきりだが、四人も居れば流れはなんとかなるだろう。なんとかなってほしい、と思いながら不安を吞み込んだ。  そんなつぐみの背後で、幽灯の黒い瞳がより深く淀んでいたことには、彼は気付かなかった。  
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