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電話が鳴った。真山からだ。
「無事に着いた? 韓国どう?」
「うん、ちょうど日本人がいたよ」
「そっか、なんてアーティスト?」
「アルコさんっていう」
「変わった名前だね。調べれば出るかな」
「そうだね」
真山にソヨンのことを聞くべきか、志穂は悩んでいた。不安が関節を締め付けてくるみたいに感じる。
「あのさ」
「なに?」
声をかけてるのに話を切り出さない志穂に対し、真山は「もう寂しくなっちゃった?」と言ってからかってくる。同棲して一年、来年には結婚しようと二人で話し合ってきた。
「手と骨、って知ってる?」
真山はすぐに答えなかった。賞を獲った作品だ。真山が忘れるわけがない。
「俺が昔、賞獲ったやつのことかな?」
「うん。どんな作品だっけ? ちゃんと見たことなかった気がして。手元にあるの? それとも売れちゃった?」
「いや、売るようなやつじゃないんだ。空間を使ったインスタレーション作品でさ」
「インスタレーションって、写真じゃないの?」
真山はフォトグラファーだ。かつては大自然の写真をメインに撮影していたが、今は商品写真でも結婚式でもなんでも撮る。しかし、これまで空間を使うような作品をつくったことがあっただろうか。
「志穂と会う前はけっこうつくってたんだよ。もっとやりたい気持ちもあったんだけどさ、インスタレーションって売れないし、生活すんの大変だから」
「そうだよね。その作品ってどっかで見れる? 賞獲ったやつなら、ウェブサイトとかに出てるよね?」
「あー、まぁそうだね。どうかな。けっこう昔だから」
「なんて賞?」
「ええっと、あんま覚えてないから、思い出したらまた言うよ。それよりどう、生活は」
「まだ来たばかりだからね」
「志穂はあんまり海外行ったことないでしょ。困ったことあったら連絡して。心配だし」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、俺ちょっとこの後まだ仕事あるから」
「わかった、ありがとね」
真山との電話を切った後、志穂は静止したままパソコンの画面を見ていた。気持ちが死んだように動かない。
賞名を忘れるなんてありえない。真山は作品のことを何か隠している。
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