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宝石ショコラ
《一》
くたびれてくると欲しくなるのは、もちろん甘いものだ。それもただ甘いだけの菓子じゃなくて、とびきりおいしい、特別な菓子が良い。
松虫草太は溜息をつくと、遠くへと視線を投げやった。鳥居の上が彼のつかのまの休息処だった。ここならば誰にも邪魔されずに一人で過ごせる。開放感のある長めにも安らぐ。忙しさが極まってくると、隙を見て、遁げてくるようになった。
旧い鳥居らしく、朱い塗料が甚だしく剥げ落ちている。これも人間たちが時の河に置き去りにしてきたもののひとつだろう。このあやかしの国には、そうした顧みられることもなく忘れられたものたちが、たくさん存在する。
あやかしである松虫は、当然この国で生まれ育ったけれども、今は人間の世界が懐かしい。恋しい。早くあちらへ戻りたいと、思う。あやかしの世界に帰ってきてから、玄帝である神楽坊に命ぜられ、あちこち奔走していた。主にあやかしたちの小競り合いの仲立ちだ。
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