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■3
この旅路の果てはどこにあるのだろうか。
隣を歩くマリーは湿った髪をそのままに、足取り軽く荒廃した大地をまっすぐと進んでいた。
死んでいるくせに、元気だ。能天気で、馬鹿だけれど、こんなふうに浮かれているのは珍しい。
何かいいことでもあったのだろうか。……あったのだろう。マリーにとってそれは、この世で最も嬉しいことだろうから。
「ね、マリー。死なない人間と自我を持って動く死体の違いって何だろう」
意味がない問いかけをする。答えなんかない。出したところでどうにもならない。ただ時間を潰し、僕とマリーが言葉を交わして互いの考えに納得する。それだけの、いつも繰り返している有り触れた雑談だ。
「僕はどちらも同じものだと思う。変わらないよ。動いて、話せて、意思の疎通ができるなら。生きているだけの人間も、生きていないだけの人間も」
だけどマリーは。
「どうだろうなあ」
遠い空を見上げて、ぼんやりと笑うだけだった。
僕はマリーの乾いた頬の感触を思い出した。冷たくて、固くなって、気持ち悪くて、吐き気がする。僕の友人は初めからそういうものだった。体温がなくたって、いつもは僕の手を握り返してくれる。だけど普通、死体は朝が来たって目覚めない。動かないし、笑わない。
そういうものであるならば、そうあるべきだとマリーは言った。マリーはきっと、そのために旅を続けている。
「なあリョー、約束しないか」
「いいよ。何を?」
足を止めて振り向くと、マリーは僕に手を伸ばした。手を繋ぐと、固くて、冷たくて、ぶよぶよした死体の感触が返ってくる。
「私たちは世界で最後の二人だ」
「そうかな、生きてる人はまだ沢山いると思うけど……」
「いいんだよ、あたしだって死んでるんだし」
それもそうか、と頷くと、マリーは可笑しそうに吹き出した。ころころと笑う。綺麗だ。何もそんなに笑わなくたっていいだろうに。
「君が死んだら私は死ぬよ。ようやく方法もわかったことだし、だから」
「君が死んでも僕は生きるしかない」
薬の材料は僕だ。僕がいなければあの錠剤は作れない。再現だってできない。だから僕はこうして、街から街へ旅をして、誰かの命を繋ぎ続ける。
「ばーか。いいんだよ、世界が終わったって。あたしたちが心中して世界が滅ぶんなら、それってすっげぇ幸せなことじゃん?」
マリーは僕の手を強く握った。体温は奪われるばかりで、少しも温かいと思えない。
「……そうだな、君が死んだら、僕は君の墓標を立ててやるよ」
「ああそれは幸せなこった。あたしは本気だぞ?」
僕だって本気だよ。今すぐにだって立ててやりたいぐらいだ。…………いや、嘘。流石にマリーが突然いなくなったら、僕は泣く。もう暫く側にいて欲しい。寂しいし、もうずっと二人だったんだ。今更いなくなられたって、困る。
「あのなぁ、リョー」
マリーは大きく溜息をついた。やれやれと首を横に振り、聞き分けのない子供に接するように、僕の頭を優しく撫でる。
「勘違いするなよ」
その優しさに反して、マリーの声は力強く、叱りつけているようにも聞こえた。
「私が困るんだ」
「うん?」
「君がいない天国で君を待つなんて私は御免だ。あたしが困るんだよ。だから私が死んだら後を追え、約束だ。以上!」
「………………」
内容を聞かずに頷いたのは僕だ。だから、まあ、仕方がない。そう、受け入れることにする。
「……馬鹿だよな、マリーは」
「そうだよ、脳味噌だって腐ってるんだから、諦めな」
「そうかい」
相槌を打つと、マリーは楽しげにけらけらと笑った。握られた手を握り返すと、人間の感触がする。相変わらず体温は感じられないけれど、マリーが僕に触れて温かいならそれでいいか、と思った。
二人きりの旅路はまだ、続いていく。
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