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 この旅路の果てはどこにあるのだろうか。  隣を歩くマリーは湿った髪をそのままに、足取り軽く荒廃した大地をまっすぐと進んでいた。  死んでいるくせに、元気だ。能天気で、馬鹿だけれど、こんなふうに浮かれているのは珍しい。  何かいいことでもあったのだろうか。……あったのだろう。マリーにとってそれは、この世で最も嬉しいことだろうから。 「ね、マリー。死なない人間と自我を持って動く死体の違いって何だろう」  意味がない問いかけをする。答えなんかない。出したところでどうにもならない。ただ時間を潰し、僕とマリーが言葉を交わして互いの考えに納得する。それだけの、いつも繰り返している有り触れた雑談だ。 「僕はどちらも同じものだと思う。変わらないよ。動いて、話せて、意思の疎通ができるなら。生きているだけの人間も、生きていないだけの人間も」  だけどマリーは。 「どうだろうなあ」  遠い空を見上げて、ぼんやりと笑うだけだった。  僕はマリーの乾いた頬の感触を思い出した。冷たくて、固くなって、気持ち悪くて、吐き気がする。僕の友人は初めからそういうものだった。体温がなくたって、いつもは僕の手を握り返してくれる。だけど普通、死体は朝が来たって目覚めない。動かないし、笑わない。  そういうものであるならば、そうあるべきだとマリーは言った。マリーはきっと、そのために旅を続けている。 「なあリョー、約束しないか」 「いいよ。何を?」  足を止めて振り向くと、マリーは僕に手を伸ばした。手を繋ぐと、固くて、冷たくて、ぶよぶよした死体の感触が返ってくる。 「私たちは世界で最後の二人だ」 「そうかな、生きてる人はまだ沢山いると思うけど……」 「いいんだよ、あたしだって死んでるんだし」  それもそうか、と頷くと、マリーは可笑しそうに吹き出した。ころころと笑う。綺麗だ。何もそんなに笑わなくたっていいだろうに。 「君が死んだら私は死ぬよ。ようやく方法もわかったことだし、だから」 「君が死んでも僕は生きるしかない」  薬の材料は僕だ。僕がいなければあの錠剤は作れない。再現だってできない。だから僕はこうして、街から街へ旅をして、誰かの命を繋ぎ続ける。 「ばーか。いいんだよ、世界が終わったって。あたしたちが心中して世界が滅ぶんなら、それってすっげぇ幸せなことじゃん?」  マリーは僕の手を強く握った。体温は奪われるばかりで、少しも温かいと思えない。 「……そうだな、君が死んだら、僕は君の墓標を立ててやるよ」 「ああそれは幸せなこった。あたしは本気だぞ?」  僕だって本気だよ。今すぐにだって立ててやりたいぐらいだ。…………いや、嘘。流石にマリーが突然いなくなったら、僕は泣く。もう暫く側にいて欲しい。寂しいし、もうずっと二人だったんだ。今更いなくなられたって、困る。 「あのなぁ、リョー」  マリーは大きく溜息をついた。やれやれと首を横に振り、聞き分けのない子供に接するように、僕の頭を優しく撫でる。 「勘違いするなよ」  その優しさに反して、マリーの声は力強く、叱りつけているようにも聞こえた。 「私が困るんだ」 「うん?」 「君がいない天国で君を待つなんて私は御免だ。あたしが困るんだよ。だから私が死んだら後を追え、約束だ。以上!」 「………………」  内容を聞かずに頷いたのは僕だ。だから、まあ、仕方がない。そう、受け入れることにする。 「……馬鹿だよな、マリーは」 「そうだよ、脳味噌だって腐ってるんだから、諦めな」 「そうかい」  相槌を打つと、マリーは楽しげにけらけらと笑った。握られた手を握り返すと、人間の感触がする。相変わらず体温は感じられないけれど、マリーが僕に触れて温かいならそれでいいか、と思った。  二人きりの旅路はまだ、続いていく。
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