Destination of red thread

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 よろけそうになっていた体をなんとか細足が支えていた。黒のロングスカートから見える足は裸足で血管が浮き出るほどに真っ白だった。 「嘘なんて吐いてないよ。すず」  両足の間隔を開けて曲がった背筋を伸ばす。振り上げた腕は踊っているようだった。 「最初からわかりきっていたこと。生まれたときから決まっていたこと。ただ、私はそれに気がつきたくなくて、夢とか希望とかそんな幻想にしがみついていただけだった。アイドルという幻想に、ね」  渚は、漆黒の蝶を長い指で触った。 「綺麗な蝶だったよね。鮮やかな濃い赤の。私の机に住み着いて、私が育てた蟲だった。だけど、蝶はすず、あんたを選んだの」 「……渚」  すずは、机の上に置かれたピアスに目を向けた。ピアスの周りを薄く白糸が巻きつけられてちょうど呼吸をしているように赤がキラキラと揺れている。糸には羽化を待つ蛹が何体かぶら下がっていて、よく見れば、それはあのとき机に住み着いた蛹によく似ていた。 「私は選ばれなかった。生まれたそのときから選ばれる側にはいなかった。そのことを蝶が教えてくれてたのに。私は、頑張れば選ばれるんだって、愛されることができるんだって勘違いしてた。この傷は勘違いした私への罰なの」 「そんな! そんなことない! 私は渚に憧れてた! こんな綺麗な人が浦高にはいるんだって、浦高でならみんなと一緒に楽しくやれるって!」 「一緒になんて無理なんだよ、瑠那。瑠那と私は立場が違う。家族もお金も全てを持っていたあなたが、何一つ持っていない私と一緒になんて居られない。だから。残念だけど、あなたには絶対に私の気持ちはわからない」  引き続くピアノの旋律が両者の間を割って入る。なだらかな音の運びが、隔てなく全員の姿を浮き彫りにしていた。蝶の仮面から手を離すと、渚の呼吸が一度止まった。 「……この音、本当に嫌い。喋りたくないことまで喋らせて。でも、もうわかったよね、すず。居る場所が違うの。あの蝶は、すずを選んだんだよ。すずは選ばれたの。浦高に、センターに、みんなに選ばれたんだよ」 「ファジュログローブ!!」  仮面が床へと落ちていく。すずが唱えた魔法が真っ直ぐに伸びる紅い糸を形成し、蝶の羽に穴を開けた。 「そんなわけないでしょ。選ばれたから、それだけで私はここに立ってるわけじゃないよ」
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