Destination of red thread

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 突き出した掌をゆっくりと開くと、握ったままだったピアスが姿を現した。 「このピアスが、導いてくれた。渚がいなくなったあの日から、ピアスが私を奮い立たせてくれた。そして、今日ここへ連れてきてくれた。私一人じゃここまで来れなかったんだよ」  ピアスを耳につけると、すずは視線を僅かに上げた。記憶の中よりもさらに伸びた身長が時間の経過を教えてくれた。 「あれから時間は経ったけど、渚が隣にいてくれたことは変わらない。渚がいないと私は、ここに……いないんだよ」  ポトッと、雫が降り落ちた。光はまだ継続しているのに、雨が続いて頭上に落ちていく。美歌の澄み切った歌声が、天気雨を創り出していた。  雨に濡れた黒羽色の髪が艶と光った。震える手先を口へと運び、伸ばした爪を噛み切った。 「あんたに何がわかる……生まれたときから家族がいないあんたに……」  震えは口元に感染し、やがて全身へと回った。滴る雨を振り払うように腕が振り回され、震える喉のそのままに喚き声が上がった。 「家族に棄てられた私の何がわかる!!」  糸が集結する。小さな部屋を血のような赤に染め上げようとするかのように。 「すず。ずっとずっと羨ましかった。汚れたことのないあんたが、純粋に夢を追いかけられるあんたが。私はどこかで無理だって知ってたんだよ。現実のあの世界では、あんたみたいな蝶にはなれない。地べたを這いずり回ることしかできない蟲にしかなれないんだって! だから、だから! この世界ではせめて、私の邪魔を……邪魔をするなぁぁああ!!!」  天井の一点に集められた紅糸が凝縮される。幾重にも絡み合った糸の塊は、すずに向けて投げつけられる。すずの耳元で光る赤いピアスが左右に大きく揺れた。 「ストーノ(土壁)!」  すずの前に突如壁が現れて、糸の攻撃を防いだ。だが、土壁にはヒビが入り、すぐにでも崩壊しそうだった。 「美歌ちゃん!!」 「……」  強い音が聴こえる。他の何よりも大きく、どの音にも勝る音だ。真正面から立ち向かえばきっと掻き消されてしまう。 (だけど……だから!)  耳をそばだてなければ聴こえてこないほどの小さな歌声が確かに音を紡いだ。ひっそりとただ佇むように奏でられたピアノの音が、主題を支えて音を彩る。レガートで繋がった1音1音が連なり、無数の音を生み出す。  雨が降り注いだ。ぐるぐると回転する球状の紅糸に。雨は糸を濡らし、結び目を解く。解かれた糸は塊から離れ、散らばっていく。 「そんな歌、歌わないで! そんな音、鳴らさないで! 私は蟲! 気持ち悪い、汚れた蟲なの! 何をしたって、どう頑張ったって、蝶になんてなれないんだよ!!」  しゅるしゅるしゅる、と糸が解けていく。キツく固めたはずの糸が、解けていく。 「渚!」  糸から解かれた渚の元へと、すずは走り寄っていった。地へと倒れていこうとするその躯を抱き止めると、両腕を背に回して強く抱き締めた。 「なれるよ、蝶になれる。だって、赤い蝶は2人で育てたんだよ。渚と私、2人でいれば蝶になれるんだよ!」  細長い手がすずの小さな背中に触れる。 「……なれないよ、絶対に……」  涙で濡れた掠れた声で、正確な言葉を美歌は聞き取ることができなかった。それでもその声は希望を唄った。 「……でも、なりたいよ」  鍵盤が雨垂れのように揺れると、美歌の手がそっと離れていく。音の余韻とともに照明は暗くなり、また元の暗がりへと戻っていく。ーーはずだった。  ドンッと、壁が乱暴に叩かれた。重機でむしり取られたように壁がメリメリと剥がされていく。 「やれやれ。貴方ならやってくれると期待してたんですけどね」  こじ開けられた部屋の外から聞き覚えのある声が襲ってくる。口から飛び出た悲鳴を美歌は止めることができなかった。       
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