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すずと瑠那は臨戦態勢を取ってすぐに動き出した。どんな攻撃が襲ってくるかわからないからだ。その意味では、その行動は正しいと美歌は思った。向こうが戦うというのならば戦うしかない。負けてしまえばもう終わり。それは、ダンジョンに集ったプレイヤー全員に共通する音だった。
(でもーー)
揺れる気持ちのままに人差し指で鍵盤を弾く。ポーンと高い音が跳ねて、すぐに周りの音に掻き消されていく。
『私達は3人で1チーム。極小ギルドです。あの糸に蹂躙されて、もうダンジョンの最前線には行かないと決めていました』
ポニーテールのあの女性はそう言っていた。「あの糸に蹂躙された」と。
もう片方の人差し指も鍵盤を弾く。低い音が鳴り、吸い込まれていく。
『どうしても許せないんです。効率的だとかって、勝手に人のダンジョンに入り込んで、人の世界をぐちゃぐちゃにして平気でいられることが、許せないんです』
そう思った。間違いなく、そう思っていた。私の好きな音とは違う、切り捨てるような音。攻撃する音。誰かを否定する音。
(だけど……)
『ムダだよ。努力したって、無理なことは無理……』『会ってどうするの? 見つけてどうするの? ……渚は私を殺したんだよ。これ以上はもう無理なんだよ!』
(そうじゃないよね)
『一緒にアイドルを目指そうって、アイドルとして今度こそスポットライトを浴びて生きていこうって。誰かが愛してくれなくても、誰かは愛してくれる。そう言ってたのに』
『大丈夫……大丈夫……』『自分で立てる。自分で。大丈夫』
不協和音が部屋中に響いた。美歌が感情のままに鍵盤を力任せに叩いていた。戦いが止まる。
「大丈夫なんて言わないでください! 本当は大丈夫じゃないくせに! そんな酷いことをされて大丈夫なわけないじゃないですか!!」
美歌の脳裏に様々な記憶やイメージが駆け巡っていく。糸で宙に吊るされたこと、すずの涙、夕闇の公園、蝶、蟲、そして握手会の記憶。
『お前ら全員死ね! 自分で起き上がれないやつが、アイドル気取ってんじゃねえよ!!』
涙が頬を伝う。何度拭っても止まることのない涙が次から次へと、まるで魔法のように溢れ出てくる。
「悔しいじゃないですか。哀しいじゃないですか。私達はテキトーな気持ちでアイドルをやってるわけじゃない! 人前に立つのが簡単なわけがない! 一生懸命、必死に頑張ってる! それを簡単に傷つけられて諦めさせられて、大丈夫なわけないよ!!」
涙を散らして張り上げた美歌の声で、小さな部屋は丸ごと静まり返った。ざわめいていた糸すら、糸を形成する蟲すら音をなくす。
「なんで渚さんが他のプレイヤーを蹂躙するのかやっとわかりました」
ピクリと、渚を包む赤い繭が振動した。
「蹂躙されたから、メチャクチャにされたから、そうですよね。渚さんの音は平穏に聞こえる。さざ波のようにフラットに。だけど、その奥には哀しみがあって、怒りがあって、痛みが聴こえてくるんです。渚さん。今でも必死に耐えてるじゃないですか。悔しさに、痛みに耐えてるじゃないですか」
繭から何十本もの糸が飛び出た。激しく上下左右に揺れながら、一直線に美歌へと向かう。
「美歌ちゃん!」「美歌!」
ピアノの屋根の隙間を縫って直進する糸は、美歌の額に届く前にその動きを止めた。止めたのは魔法の力ではない。おそらくはきっと美歌の目からハラハラと流れ続ける涙と、小さな口が紡いだ呟きだ。
「気持ち悪いのは渚さんじゃない。その顔に傷をつけた人達です」
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