6人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
1
響が零号士になる前の話です。
……………………………………………………………………………………………
聴き覚えのあるBGMが聴こえてくる。曲名は分からないが、毎年それを聴くとクリスマスが近付いてきたことを実感させられる。配色や構造などが無機質な箱空間を思わせるこの防衛施設にも、そんなBGMが流れる場所があった。社員食堂やトレーニングルームがそれに当たる。オレは今、社員食堂で昼食を摂っていた。メニューは海鮮塩焼きそばと鶏の唐揚げ。それにおまけみたいなコールスローサラダも付いていた。男にしては少食なほうかもしれない。周りには一人でラーメンに炒飯と餃子とか、カレーライスにキングサイズのハンバーガーとコーラなんて奴もいる。そういう奴は大抵巨漢だが……。それにしても、よくそんなに食えるものだ。これから空を飛行(と)ぶっていうのにタフな胃袋だ、と感心してしまう。
この時チームメイトの高藤樹羅も午前の巡回が終わって休憩時間だったが、彼女の姿はそこにはなかった。特に気にかけているわけでもなかったが……まぁ、そのうち来るだろう。
BGMはクリスマスソングがメドレーで流れていた。クリスマスまであと十日。オレはクリスマスとその次の日の二日間、有給休暇を使って休みを取っていた。毎年クリスマスには実家に帰ることにしている。そうしないと母親が寂しがるからだった。
理由はそれだけではなかった。父が事故で消息を絶ってしまい、母を傍で支えてやらなくてはならない一番大事な時期にオレは家を出て防衛組織に入ってしまったので、母には申し訳ないことをしてしまったという罪悪感が心の中に残留していた。父がいなくなってから母は家で一人ぼっちになってしまった。その母を支えるのは自分の役目だと思っている。
父がいなくなって五年になる。母は今年で三十八歳だ。もう若いとは言えない年齢なのかもしれない。とは言え、息子のオレが言うのも変だが、歳を取っても母は綺麗だ。言い寄って来る男性もいるらしく
「今日、デパートに行ったら二十歳ぐらいの若い男の子に声かけられちゃった〜」とか
「同僚にお食事に誘われたの」と言った話を電話やメールで聞かされたこともある。だがそうやって楽しそうに、明るく振る舞えば振る舞うほど、逆にそれが痛々しかった。普段はそうでも、クリスマスだけは必ずオレを家に招待するカードを送ってくる。そして部屋を賑やかに飾り付けして、カラフルなライトを点滅させたツリーを飾り、手作りの豪華な料理やケーキを並べてオレを出迎える。温かい家庭の温もりがそこにはあった。だがいつも堪らなく切ない気持ちにさせられた。ぽっかり空いた父が座るはずの席を見て。
そしてもう一つ。
まだ帰ってくると思っているのだろう。冷蔵庫には必ず、父が好きだったコーヒーゼリーが入れられている。
十二時ニ十分か。ちらりと壁掛け時計を見るとオレは腰を上げた。空になった食器をカウンターに返却し、食堂を後にする。
「遠山響ッ」
通路に出るとすぐ、誰かが自分の名を呼んだ。
この声は――
警報装置作動。
シグナルが危険を報せる赤色に点滅。
水色の長髪をなびかせた長身痩躯の少年がこちらに接近してくる。
「なんか超〜久しぶりって感じだね? 元気?」
「はぁ……(四日前に会っただろ)」
相楽臣。
要注意人物1。
危険度:レベル40/100
オレの防衛本能がそれらを認識した。見えない防壁を瞬時に築く。
要注意人物――相楽臣はオレの前で足を止めると、サラサラストレートヘアを掻き上げながら言った。
「遠山響はクリスマスどっか行くの?」
「実家に帰ります」
と抑揚のない声でオレは即答。相楽臣は「ふ〜ん、そうなんだぁ」とつまらなそうに唇をへの字に曲げた。じゃあ、とオレは速やかにその場を立ち去ろうとし
「ねぇ」
即、呼び止められた。相楽臣を尻目に
なんだよ……?
声に出さずともはっきりオレの目がそう物語る。しかしそんな露骨な態度を見せても、相楽臣は顔をしかめるわけでもなく笑顔。興に入った目でオレの顔を覗いてきた。
「遠山響って彼女いないの?」
“クリスマス”イコール……やはりそう来たか。冷めた声でオレは答えた。
「いません」
「そうなんだぁ、遠山響ってなんか奥手そうだもんねぇ」
腕組みしながらこちらを窺う相楽臣の水色の瞳。
勝手に分析するな! とオレはムッとした顔で睨んでやった。相楽臣のプライベートなんかに興味はないが、こいつはきっとクリスマスかイヴは女か派手な友人とでも過ごすんだろう。こんな軽い性格なのに誰かと連んでいるところを見たことがないのが謎ではあるが……
「オレはねぇ、イヴは汐名と過ごすんだ。クリスマスと二夜連続。
あ、このことは絶対、誰にも話しちゃ駄目だよ? 会社の人に知られたら大変だからね」
「……」
後半から声を潜める相楽臣。片方の掌で口元に壁を作り、オレに耳打ちする。
そんなに秘密にしたいことをオレに言うなよ――ていうか、こいつ本当に霧島マネージャーと付き合ってるのか? ま、嘘でも本当でもどっちでもいいが。
「じゃッ、そういうことだから」
話したら気が済んだのか、相楽臣は陽気に鼻歌を歌いながら去って行った。
なんか疲れた……
心の中でそうぼやき、再びオレは通路を歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!