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 今日は午後の予定がフリーだった。施設内であれば、自由に行動していいことになっている。ケータイが鳴らなければ(出動命令の)、寝ていても良いわけだ。  何をしよう……  考えを巡らすとふとあることが頭に浮かんだ。シミュレーションルームへと向かう。休憩時間と言ってもいいフリーの時間を普段仕事で乗っている機体の飛行を忠実に再現した擬似体験装置に乗って過ごそうとは、どこまでオレは宇宙空間対応飛行機(MECA)マニアなのか、自分でもおかしくなってくる。  ま、遊び(ゲーム)感覚で。そう、あれは遊び(ゲーム)みたいなものでもある。その画面(フィールド)上では誰も死なない。どんなに標的にミサイルを撃っても実際に誰かが死ぬことはない。統べて仮想現実の中の出来事だ。リセットボタンを押したら真っ暗な画面に。  電源をオフにしたら情報がディスプレイの奥に吸い込まれて消滅する。一瞬にして。  気分転換にはいいだろう。時には戦乱(現実)を忘れて。だが、皮肉にもオレがこれからやろうとしているのは敵機撃墜の対戦擬似体験だった。  エレベータで上階に行き、シミュレーション・ルームにやって来た。受付で社員証を提示すると係員から鍵を渡される。それで擬似体験装置のロックを解除するのだ。装置は一列に並んでおり、オレは鍵と同じ番号の装置を見付けてドアロックを解除した。その操縦席に潜り込んでドアを締める。内装は本物とほとんど変わらない。操縦席の椅子は全く同じ物が取り付けられており、操縦桿なども作りは一緒だ。違うのはディスプレイに映る景色が総て疑似体験映像になっている所だ。とは言え、その画面と座席は操縦に合わせて傾きを変え、まるで本物の機体に乗っているかのような感覚を味わうことができる。オレはシートベルトを締め、電源ボタンを押した。  短い電子音が鳴り、黒一色だった画面に空を背景にした黒い文字が表示される。オレは操作ボタンを押し、設定画面に切り替えた。  チーム、ペア――矢印下ボタン。  単機――決定ボタン。  難易度1、2…4指定、決定ボタン。  コース――設定、決定ボタン。  待機場所選択・基地周辺地図表示・位置指定――決定ボタン。  設定完了――決定ボタン。   ミッション・スタート。 「はぁ……」  十五分後、家庭用ゲーム機とはまるでスケールが違う擬似体験が終了した。結果は敵機二機をミサイルで撃破。右翼被弾。そして残りの敵機三機に追尾され、ロックオンされ、逃げている途中でタイムアップした。 「はは……」  見事な惨敗ぶりに引き攣った笑いが零れる。  これが本番なら死んでるな。  相楽臣やモーゼズはこんな対戦を繰り返しているのだろうか。“現実世界”で。この結果をあいつらが聞いたら笑うだろうな。“お前にはいくつ命があっても足りない”って。なんだ、そう考えたらあいつらって凄かったんだ。現実世界で闘って、まだ“生きてるんだから”……  オレは装置の電源をオフにした。シートベルトを外してドアを開け、床に足を下ろす。するとタイミングをほぼ同じくして一台の装置のドアが開いた。厳ついブーツを履いたどでかい足が顔を出す。 「ふぁああぁあぁ〜」  豪快な欠伸とともに二本の長い足を投げ出して、乗っていた奴が頭を出した。床を踏み締めて立ち上がると同時に怠そうに顔を上げる。 「?」 「?」  そいつとオレの視線が衝突した。みるみるオレの表情は険しくなる。相手は軽く瞠目してからニヤリとした。球技のスポーツ選手さながらの均整の取れた長身。白い無地のTシャツを大胸筋で隆起させ、黒いカーゴパンツとトレッキングシューズというハードな格好を違和感なく着こなし、ゆるいウェーブがかった黒髪には浮き立つようなエメラルドグリーンの瞳と彫りの深い西洋人風の端正な顔立ち。どこか邪悪な異彩を放つその容貌はしかいない。神出鬼没の潜伏兵――  緊急事態発生! 直ちにこの場から退散せよ! 「なんでお前がここに……!?」  要注意人物2。  危険度:レベル69/100……7*/100……79/100……8*/100……89/100……9*/100……99/100……**0/100…………(計測不能)  モーゼズだった。こいつが笑みを浮かべるといつも、何か企んでいるように見える。オレは懐疑の眼差しを光らせた。 「またオレのことを監視してるとか言うんじゃないだろうな?」  敵意と嫌悪と警戒心で細めたオレの眼が、軽蔑するようにモーゼズを射る。モーゼズは「ははは」と小馬鹿にしたように軽笑した。装置のドアをロックして、鍵を片手にぶら下げながらこちらに向かって歩いて来る。 「それより、かわいい女の尻を追いかけるほうが楽しいな」  だろうな、とオレは冷めた眼で奴を見た。するとモーゼズは、子供を相手にするように自分の胸に身長差二十センチメートルぐらいあるオレを抱き寄せた。そしてオレの頭上から喋る。 「そんな不機嫌な顔するなよ、響。今度、相手してやるからな」  更にオレの顔を覗き込んでボソッと一言。 「顔が赤いぜ」  こ、こいつ……ッッ! 沸騰寸前。怒りと恥ずかしさでオレの顔はより紅潮した。振り向いて奴を睨み付け、敵意を剥き出しにするが、まるで相手にしていないと言った様子で奴は軽笑していた。大人と子供ほどの体格差がある。悔しかったが太刀打ちできるわけもなく 「ちっ!」  オレは舌打ちするに止まる。そこへ装置を清掃しに来た係員が、それを尻目に小さく苦笑した。居心地が悪くなったオレはその場から早く逃げ出したい一心で、素早く装置の鍵穴に鍵を差し込み左に捻る。 「それよりお前、この装置で何をやっていた。まさか飛行トレーニングでもやってたのか?」  鍵を引き抜き、オレは振り向いた。装置のフロントに手を置いていたモーゼズを仰ぐ。 「いいだろ、何だって」  ちらりとだけ顔を見て、そう吐き捨てた。すると 「ふっ、相変わらず無愛想な奴だな。でも、そこがかわいい。へへ……」とモーゼズ。  うるさい。変態。とオレは毒づいた。
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