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 受付で鍵を返却するとオレは通路に出た。後からシミュレーションルームを出て来たモーゼズと一緒になる。オレは速足で奴から逃げようとしたが、奴は足が長いせいかすぐに追い付いてしまったのだ。モーゼズがオレの前に回り込み 「なぁ」  ニヤニヤしながら話しかけてきた。 「何だ?」  冷めた眼差しでオレは返した。 「お前もあの装置のシミュレーションゲームをやってたんだろ?」 「ああ」  だったらなんだ? とオレは怪訝そうな眼差しでモーゼズを見た。何か引っ掛かる気がした。 「あのゲーム、なかなか笑わせてくれるよな。市民を守る防衛パイロットってヒーローに、ああやって戦闘術を叩き込もうとしてやがるんだから。戦争否認主義が聞いて呆れるぜ」  火星コロニーでは、人々が地球で暮らしていた時代、多発していた戦争を否認している。そのため、コロニー政府機関である防衛組織でも、戦争を連想させる“軍”という表現を用いないことにしているのだ。 「だが、市民の安全を守るためには、そうやって訓練することは必要不可欠だろ」  理屈では正しいことを言っているはずなのに、自分の発言に嫌悪した。市民――その中に“仮設地区住民”は含まれていない。 「安全を守るためか……」  モーゼズが言葉を切り、意味を持たせるような間を空けた。それから独り言のように呟いた。 「その防衛パイロットを考案した政府こそが、“市民”の安全を脅かす暴動が起きる原因を作った張本人なのにな」 「……」  オレは何も言えなくなった。口の端だけ上げて笑うモーゼズを直視できなくなり、おもむろに視線を外した。するとモーゼズは反転してオレに背中を向け、オレの先に立って歩き出した。会話が途切れたまま通路を進む二人の空気は重く、歩く速度もまた錘を足に付けたように重く遅くなったように感じた。  やがてエレベーターの前にやって来るとモーゼズが切り出した。扉の横にある階数ボタンを押しながら。 「お前は気付いたか? あのに」とこちらを向く。 「ブラックジョーク?」  きょとんとしてオレはそう問い返した。 「敵の機体にナンバーがなかっただろ。それがどういうことなのか分かるか?」  挑戦的な目でそう促すモーゼズに、オレは眉を潜めた。 「ゲームだからだろ?」  創作物として出している以上、架空のナンバーを付けることも可能だろうが、便宜上そうしなかっただけと考えるのが自然だと思った。するとそれを嘲笑うように、モーゼズが腕組みしながらオレを見下ろした。 「それはどうかな。オレにはそれらの機体が個人認証番号を持たない、“NO ID’s”を象徴しているように思える。(ひびき)、お前はあのゲームをクリアしたことがあるか?」 「いや」とオレは首を振った。モーゼズ(こいつ)はあるのか? それが実戦を勝ち抜いてきた者の――零号士の実力なのか。 「じゃあ、教えてやる」とモーゼズは言った。 「あれは全ミッションをクリアすると、まず派手な花火がバンバン打ち上がる。そして盛大なパレードが始まり、統首がスピーチで、攻めて来る敵がいなくなったこと、火星コロニーに平和が訪れたことを祝福した言葉を述べる。それでゲームは終了だ。  あくまでも、コロニー住民の平和のみを祝い」  そこで言葉を区切ってから、モーゼズは次の句を継いだ。 「最後に流れてくるテロップはこうだ。 『火星コロニーに平和を』 『This World――この火星コロニー(世界)を戦争のない世界へ』」 「……!」  モーゼズの言った言葉が、オレの眼前を白くした。爆発の瞬間を目にした時に似ていた。そう、形あるものが霧散して、空間を束の間の空白地帯に変えた時の虚無感に。  モーゼズが言葉を継いだ。 「それが政府が主張する『戦争のない世界――“Peaceful world”』だ」
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