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 クリスマス当日――  今日と明日オレは一般の生活に戻る。昼前に寮を出て、徒歩でビル街に繰り出した。  ここは平和だな。  最寄りの駅へと続く街並は、どこもかしこもクリスマス一色だった。建物の外装も、聴こえて来る音楽も、店の前に貼ってあるポスターも、み〜んなクリスマス、クリスマス、クリスマス! 特別気にかけていなくても通るだけで強制的にクリスマスに参加させられる。別にオレはクリスマスが嫌いというわけではなかったが、目がチカチカする。ちょっとウザい。まぁ、そんな感じだった。居る人はほぼ二人組の男女。毎年よく見るそんな光景の中にオレは同化していた。パイロットスーツも着ていなければ、こんなただの私服姿では、誰もオレが防衛パイロットだとは思わないだろう。つい先程まで防衛施設のパイロットとしてその施設の寮にいたのに、不思議な感じがした。まるで自分が普通の中学生になったみたいに、そこにいるとそんな気分にさせられた。  途中、母に渡すプレゼントを買うためにデパートに寄った。そこはいわゆる高級デパートという場所だった。母には普段何もしてやれていないので、クリスマスぐらいは何か感謝の意を示すようなことをしてあげたかった。それで少し、背伸びしてこういう店を選んだのだ。  入口の重厚なガラス扉を開けて店内に入ると高級感漂う雰囲気に圧倒されそうになった。「いらっしゃいませ」と来店を出迎える声の響きにも、どことなく品があった。洋服売り場などの店員は制服を着ていなかったが、皆清潔感のある服装で首には社員証をぶら下げていた。お辞儀の仕方から、言葉遣いから、所作まで、何から何まで教育が行き届いているのが窺える。オレのような庶民には場違いのように思えて、少し気後れしてしまう。  金のラインが入った茶系の制服と同じ布でできた帽子を被った姿のAIエレベーターガール(防犯対策も兼ねている)が案内するエレベーターに乗って、上の階にやって来る。そのフロアは宝石などの貴金属、バッグなどが置かれているフロアだった。そこでオレはシンプルなデザインの革のカードケースを選んで手に取った。脇にベルトが付いていて、その中央にブランドの頭文字を象ったシルバーの金具が付いている。母親の趣味をなんとなくしか理解していないオレだったが、そのカードケースが母のイメージに合っていると思った。 「贈り物ですか?」 「はい」  店員に尋ねられて少し頬が赤くなる。買おうとしているのが女性物だということもあったが、今までこういうことをした経験がなかったので気恥ずかしかった。それをその女性店員が預かってレジに持って行く。そして丁寧に袋に入れたものを真っ赤なクリスマス用の包装紙で包み、さらにはそれを紙袋に入れて金のリボンを十字に巻き付けていく。それを尻目に早く買い物を済ませて店を後にしたかったオレは、素早く財布から電子マネーのカードを取り出した。傍らにいた男性店員がそれを受け取りカードリーダーに通す。残金を伝えて返されたカードをオレは財布にしまった。後からレシートが渡される。……万。高級ブランドだったのでそれなりの金額だったが、事前に調べていたのと同じ金額だったので驚きはしなかった。この日のために貯めておいた金なので、使った後で困ることもない。これで母が喜んでくれると良いが……そう願うだけだった。  駅からの移動手段は電動車両だった。それは従来の電動式の乗り物――いわゆる電車よりも、振動も騒音も少ないらしい。乗り心地は悪くない。それに乗って数分後、実家の最寄り駅で下車した。  母は都内のマンションで暮らしている。そこは交通の便が良く、通勤には最適の場所だった。そうなると賃貸であればそれなりの稼ぎがなければ住むことは困難だったが、父はそのマンションを購入していたため、残された家族がそのマンションの家賃を払う必要はなかった。  本当はオレもそこで暮らせばいいのかもしれない。母もそう思っているだろう。あのマンションは、一人で住むには広すぎる。だが、もしそうしたとしても、そこにはほとんど帰らないだろう。父がそうだったように。零号士でない分、多少はオレのほうが融通が利くだろうが、いずれはオレも零号士になるつもりだ。――なるべく近いうちに……
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