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 静かな部屋で布団に寝ながら、ふとオレは瞼を開けた。壁に掛けてある時計を見ると朝の五時だった。身を起こし、両手を広げて大きく伸びをする。それから、左右に首を動かしてから欠伸した。パジャマ変わりに着ていたトレーナーとジャージのズボンでは肌寒く、オレはぶるっと震えながらも毛布を剥いで布団から出た。母は隣の寝室でまだ眠っている。喉の渇きを潤したかったオレは、スリッパを履いてキッチンに向かった。  キッチンに入って冷蔵庫を開ける。ドアポケットに調整豆乳、ペットボトル入りのお茶があった。オレはお茶を選び、冷蔵庫から出してコップに注ぐ。飲み終わって再び冷蔵庫のドアを開けた。 「……」  無意識にその中央に目が行く。仕切りの付いた棚の上に。そこにマーガリン、味噌、夕べの残り物などが並んでいた。その上を適当に摘める者がなか探して、一段一段覗いていく。皿や入れ物をずらしながら。ケーキやローストチキンやフライもあった。それらは夕べの残り物だが、とても美味しかったので今見ても食欲をそそられる。それなのにオレは、何故か喪失感を覚えた。三段総てのスペースを見終えて。  ない……  そこにあるべきものが無かった。その事実が、オレの心にぽっかりと穴を空けた。冷蔵庫のドアの閉め忘れ防止ブザーが、ピピ、ピピと鳴り続ける。何故こんなにショックを受けているのか、自分でもよく分からなかった。いつもそれが冷蔵庫に入っていることに胸を痛めていたのに。今はそれがなかったことで、何かが欠けてしまったように胸が痛い。本当に……? 冷蔵室の前で途方に暮れていた。  やがて嘆息とともに肩を落とし、オレは放心状態から解かれた。五年も経つんだ、仕方ないよな……。そんな諦めの言葉を胸の中で囁いて、オレはケーキを入れる白い箱を手に取り、ケーキでも食べるかな、と持ち手の重なった部分を外して蓋を開けた。 「あ……」  その中を見て直後動きが停止した。これは……。ちょこんとミントの葉が乗ったホイップクリーム。その下に見える透き通った焦げ茶色の物体。角度によってキラキラ輝くそれは、コーヒーゼリーだった。それを入れた容器がガラス製であることから、手作りだということが窺える。 「はは……」  それを見て思わずオレは苦笑した。そして、それがあったことに  ほっとした。
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