ひとつの命とノート

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ひとつの命とノート

ガチャガチャ バターン 「ただいまー!お母さん、見て見て!」 相変わらず、騒がしい帰宅だが、 何だか、いつもより静かに廊下を歩いてくる。 不思議に思ってリビングの扉を開けると、 私の目の前にヌッとプラケースが現れた。 「見て!!」 「わぁ!近すぎるよぉ!何!?何?これ…。」 少し後退りして、改めて見てみる。 ………………!! “ぎゃーーー!!ザリガニーーーー!!!” プラケースの中には、立派なハサミを持った でっかいザリガニが入っていた。 「ぃやーーーーっ!」 「えーーーー!?可愛いでしょー??」 「いやいや、無理だし……!」 「でっかいの捕まえた!すごい?」 満面の笑みで得意気に話す大樹。 「……うんうん、すごいね。すごいけど…。 どうすんの?これ。」 「僕が飼うのー!」 「…………。」 “ぇえー!?マジですかぁ……? もう、連れてきちゃってるし…。” 「はぁぁーーーー。」 私はでっかいため息をついてしまった。 「えーー?だめ?」 大樹がプラケースを大事に抱えながら、 私の顔を下から覗き込む。 プラケースの中では大樹の動きに合わせて チャポンと揺れる水とジッと佇むザリガニ。 生き物好きの私が「ダメ」と言わないことを 大樹はよく理解している。 もう一度、小さく息をついて大樹と向き合った。 「ねぇ、大樹。このザリガニさん、大樹と同じ 命だからね?わかる?大樹がちゃんとお世話 しなかったら死んじゃうんだよ?だから、 ちゃんとご飯あげて水換えして、最後まで お世話できる?」 私はプラケースの中のザリガニを覗き、 大樹と目線の高さを合わせて、真面目に話した。 いつになく真面目に話す私をジッと見つめ、 大樹が答える。 「わかってる。連れて帰る時に、佳翔先生にも 言われたもん。僕がちゃんと全部やるから。 だから、飼ってもいい?」 私は微笑みながら、大樹の頭を撫でて 「よしっ!わかった。じゃあ、ちゃんと大樹が お世話するんだよ?」 「やったぁ!お母さん、ありがとう!! ちゃんとお世話する!」 ぱぁぁっと明るい笑顔になり、プラケースを 自分の顔の前に持ち上げ、大樹がザリガニを 覗き込んだ。 「ジョージ!お母さんがいいって!今日から よろしくね!!」 “ジョージ!? ザリガニに名前がもうついている。” 「あはは!名前決まってるのね。 じゃあ、ジョージは玄関で飼おうか。」 「はぁーい!」 「ところでさ、佳翔先生は何て言ってたの?」 廣崎が大樹に何を言ったのか気になって、 聞いてみた。 「んーー?お母さんと同じこと言ってたよ。 小さくても同じ命だから、大切にしてって。 それから、飼い始めて、途中で『飽きたー』 とか『やーめた』とかは、絶対言わないことを 約束してって。」 私が言わなきゃいけないことを全て大樹に 伝えてくれていた。 廣崎は、教師として当たり前のことを しているだけなのだろうけど、その気持ちが すごく嬉しかった。 「先生、そんなことを言ってくれたのね…。」 「うん!ちゃんとするから大丈夫だよ!」 「ん!わかったよ。」 そんな会話をして、ザリガニのジョージが 家族に加わった。 “大丈夫かなぁ……?ちゃんと出来るかな。 ま、困ったら亮ちゃんに任せよう。 ところで、ザリガニって何食べるん?” 亮輔が帰ったら、相談してみよう。 その後、大樹は学校での出来事を話してくれた。 もちろん、メインは課外授業の話だった。 「課外授業めっちゃ楽しかったよー!」 「ホント~。良かったねぇ!やっと行けたね!」 「先生が楽しそうだったよ!先生ね、朝から 超ご機嫌やったよ!」 楽しそうに話す大樹を見ながら、 ご機嫌な廣崎を想像した。 「くふふふふふ!」 「お母さん?何笑ってるん?」 「何でもない。ちょっとご機嫌な先生を 想像しただけ。くふふ。」 子供みたいにご機嫌な廣崎を想像してしまった。 「大樹、連絡ノート貸してね。」 「あ!今日見に来てた?」 大樹は連絡ノートを渡しながら聞いてきた。 突然の質問にドキッとした。 “あれ?バレないように見てたつもりだったけど、 バレてたかぁー!?” 「ん?……何で??」 私はとぼけたフリをして聞き返した。 「だって、見に行こうかな~って言ってたやん。 だから、来たんかなって思って。」 “あぁ、そういうことね! なんだ、バレてた訳じゃなかったんだ。” 「んー。チラッとだけね。」 「来てたの~!? 」 「ふふふ!」 その日の夜。 大樹と亮輔が寝静まった頃に、連絡ノートを書いた。 ──────────────────── 課外授業、お疲れさまでした。 無事終えることができて良かったですね。 天候を心配していましたが、驚くほどいい天気で 良かったです。 大樹の作ったてるてる坊主の群れの おかげでしょうか。(笑) 非常に楽しかったようで、今日は帰ってから ずっとその話ばかりでした。 5、6時間目と言うことだったので、ちょうど 仕事帰りの通り道ですし、チラッと河原に いる所を見かけました。 あれだけの人数の子供達をまとめるのも 大変でしたでしょうね。 でも、みんなちゃんと先生方の言うことを聞いて 怪我もなく課外授業を終えることができたようで ホントに良かったです。お疲れさまでした。 今日、連れ帰ったザリガニに驚きました。 久々にでっかいザリガニを見ました。 生き物好きですが、ザリガニはちょっと…。 連れて帰るときに、大樹に先生が 伝えてくれた言葉、本来ならば、 私が伝えるべき言葉ですね。 おそらく、先生は担任として 仰ってくださったのでしょうが、 私はすごく嬉しかったです。 ありがとうございます。 ひとつの命を育てるのは、子供の成長にも いい影響があるはずなので、このままザリガニを 飼育させてみようと思います。 早速、名付けてました。ジョージだそうです。 先生は、理科の先生でしたよね? 私は、ザリガニを飼育したことがないので、 何か困ったらご相談させてくださいね。 色々と、よろしくお願いします。 相澤 ──────────────────── ”あら、長文になってしまった。 伝えたいことがたくさんあって、いつも、 長くなっちゃうなぁ。” そう思いながら、ノートを連絡袋に入れた。
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