コンビニ王子

2/7
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 リンゴーン、リンゴーンと、教会の鐘が(私の脳内で)鳴り響いた。  え、やだちょっと、嬉しいじゃん。なにこれ、この兄ちゃ──いや、この若者は、常連客みんなのタバコを把握してるっての? それともわ、わた、私だけ……?  戸惑いながら会計を済ませ、戸惑いながら店を出た。出ようとして開きかけた自動ドアに激突してしまった。戸惑いすぎだ。  だが……  タバコを見つけて「これですよね?」と差し出した時の、あの自信満々な顔。ヤバイ、回想の中の若者から後光が差している。私のほうは、ほぼ毎日通ってても顔すら覚えてなかったというのに、あの若者は瞬時に「私」と「いつものタバコ」を結びつけてくれた。いつもこっそり、見ていてくれた……  くっはあああああ! やっべーよ来たコレ! ウン十年ぶりの胸キュンだわ!  10センチほど宙に浮いたまま帰宅した私は、冷食チンしながらいてもたってもいられず先に帰宅していた旦那に事の顛末をしゃべり倒した。無口な旦那は楽しそうにちょっとだけ微笑んで「ふうん」と言った。大丈夫、わかってる。旦那とはもう10年以上連れ添っているのだ、今のリアクションは私の話が楽しかったマックスだ。 「なんかさあ、嬉しいね、こういうの」 「ん」 「タバコの銘柄覚えてもらえたのって、初めてだよ」 「ん」 「まだ若そうなんだよなあ。学生さんかも」 「ん」  旦那が無口なぶん、私はよくしゃべる。逆か。私がしゃべるぶん、旦那は無口だ。これも昔からそう。付き合ってた頃からだから、「もっと話してよ!」などと無理難題を押し付ける気は毛頭ない。  この日は寝るまでずっと、嬉しい気持ちでいっぱいだった。それからというもの、コンビニへ行くのが楽しみになったのは言うまでもない。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!