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結婚──ああ、そっか……。王子はそれくらい真剣なんだ。真剣に娘を想ってくれてるんだ。
急に体の力が抜けて、私は「へへへ」とだらしなく笑った。
「あなたが、すごく真面目で気の効く子だっていうのは解ってるつもり。でも娘はまだ中学生だからさ。中学生に合わせた付き合い、できる?」
付き合ってどのくらい経つのかわからないが、娘に彼氏がいるなど全然気付かなかった。それはつまり、娘に合わせた付き合い方をしてくれてるってことだ。
コンビニ王子は、しっかりと頷き、それからいつもみたいににこっと微笑んだ。
「いつも、瑠亜さんから伺ってます、お母さんのこと。すごく明るくて、面白くて、愛情たっぷりな人なんだって」
「はぅっ」
思いがけない言葉に変な声が出た。
いつも冷たい娘が、私のことをそんなふうに思ってくれてた……?
「お母さんとお父さんのことが大好きなんですって。だから瑠亜さんも、すごく素敵なんでしょうね」
ばっ……
バカヤロウ、泣かす気か!
私は涙をごまかすために、店の外に顔を向けた。ちょうどバスが停まって、たくさんの人がぞろぞろ降りてきたところだった。
「……瑠亜に、伝えてくれないかな」
「はい?」
「たまにはガールズトークしようって。私、実は、やったことないんだ、ガールズトーク」
ちらりと横目で見ると、王子はその小さな目をきょとんとさせていた。それからすぐまた笑顔になって「はい」と答えてくれた。
私の小さな小さなドキドキは終わってしまった。もともとなんて言うか、大好きなアイドルができたみたいな感覚だったから、不倫なんてまったく考えもつかなかったけど、ほんのちょっぴりの甘酸っぱい胸キュンだけが残った。
楽しかった。キラキラとまばゆい光のなかに、当時のひねくれた自分じゃなく、今のこの自分のまま、戻れた気分だった。
なんだかすごく幸せが込み上げてきた。冷たいようで、優しい娘。無口で、私をそっと支えてくれる旦那。あの頃の自分に教えたい。卑屈になることはない、自分を嫌うこともない、そのままの自分で、私はいま、すごく幸せだって。
私のコンビニ王子は消えてしまったけど、これからは娘の彼氏として──
……いやちょっと待て。
私はコンビニ王子の「お義母さん」になるかもしれないってことか?
[了]
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